休止中。


by murkhasya-garva
カレンダー

<   2006年 07月 ( 16 )   > この月の画像一覧

「ラスベガスをやっつけろ」(1998)
b0068787_23521778.jpg
今回のオールナイト1本目。偶然にも、4月にシネセゾン渋谷で、「リバティーン」先行上映ナイトの際に観た作品です。ジョニー・デップのハゲ頭が見られる貴重な作品です。役作りのために、彼はわざわざ頭を剃ってきたとか…。とにかく見所満載の1本。



本作の“ワンダーランド”とは…ドラッグ漬けの男たちが見る幻覚、幻聴です。ケース一杯にヤクを詰め込んで、ラスベガスへ向かうジャーナリストと弁護士。行く先々でキメてるものだから、ずっと幻覚を見ている。映像は彼らのトリップを色鮮やかに描き出します。見ていて本当に頭がグラグラしてくる。

薬物をテーマにした作品は、「レクイエム・フォー・ドリーム」(2000)、「ブロウ」(2001)があります。また、薬物中毒者が現れる作品には、「アメリカン・サイコ」(2000)、「パーティ☆モンスター」(2003)、「ウォーク・ザ・ライン」(2005)などが有名です。

しかし、このトリップしたときの意識の混濁を描写した作品といえば、ウィリアム・バロウズの小説が一番近い。目の前の混乱した光景を、一歩引いた場所から冷静に見ていて、しかしその冷静な意識すらも時折途切れ途切れになってくるという、最悪の世界です。バロウズは「カットアップ」という新手法によって、混乱する意識を描き出しました。

本作はバロウズの小説よろしく、刺激的な映像が目を引きます。視界は色を変え、不規則に揺れる。人の顔は怪物のようにゆがみ、バーは爬虫類のひしめく恐ろしい宴に変身する。床や壁の模様が動き出し、現実と幻想の境目が見えなくなっていく・・・心身に自信のない方は、洗面器を常備しておくことをお勧めします。

また、字幕でも無意味な文節で区切って表示することで、内容を理解しにくくするのに手伝っています。
そのことに気付いたのは、彼らがしらふのときでした。トンでいるときと違い、考えを端的に表現しているのがかえって新鮮に見えるのです。まるでしらふの自分たちや人間の営みすらも冷笑するように、吐き捨てられるジョニー・デップの台詞には、思わずドキッとさせられます。

そしてこれらの演出を根っこから支えているのは、何と言っても2人の俳優の名演技です。ジョニー・デップ、そしてベネチオ・デル・トロ(「21グラム」「シン・シティ」)の、今にも狂ってしまいそうな過剰なまでの演技が最高にイカしている。脂汗をかき、目をギョロつかせ、奇声を発する・・・

2人のどちらかがラリっているとき、一方はなぜか覚めている。このことは、2人と彼らを取り巻く「正常な」世界との関係にも現れます。彼らが醒めた目で狂気じみた世界を見るとき、一体どちらが正常なのか分からなくなってきます。薬物中毒者が、人間やこの世界をより深く理解する――この逆説的で挑戦的な姿勢にてらいがないとは言い切れませんが、通常とは違った視点から理解するには、興味深いものがあります。

それにしても、これが1本目とはアクが強すぎでしょう(笑)・・・
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-30 23:55 | 映画

トム・ヤム・クン!

「トム・ヤム・クン!」(2005)
b0068787_15451435.jpg
この作品の感想は、どうしても「SPL」と並べて載せたかったのです。「マッハ!!!!!!!!」という大ヒット作に続いて出され、その間に「SPL」という対抗作が割って入り、本作がどういうポジションに収まるのか。




前作の「マッハ!!!!!!!!」で掲げた5つの公約がオリジナルかどうかは知りませんが、今回もそこ辺りの大原則は守っているようです。しかも、多分5つの公約以上に厳しいシバリのあった前作から、より映像作品として洗練されたような印象を受けました。同時に、前回の格闘シーンで残った課題も、見事解決しています。

前作で残された課題とは、「格闘スタイルが違う相手には何が通用するか?」でしょう。対戦相手には、カポエラ、レスリング、ムチなどの武器使いなど、多くの使い手が現れます。「最強の格闘技」であるムエタイで、今回新たに注目されたのは関節技。極める、折る、折る!!! 全くカットなしで50人近くの敵にことごとく関節技を極めていくという荒業も必見です。

確かに、「SPL」のようなハイスピードの技の運びは見られません。もちろん、それは格闘方法や演出が異なっているからです。だからといって本作は引けを取りません。生身の体一つで果敢に戦う、まさに肉弾戦とも言うべきシーンは、思った以上に臨場感のあるものなんです。例えば階段を延々と昇って敵を蹴散らしていくトニー・ジャーですが、足を進めるにつれて、目に見えて段々と疲労していくのが分かるのです。技のキレも落ち、ヘロヘロになっていく姿は、逆に一層のリアルさを伝えてくれます。

リアリティーという点から観る側を興奮させるという、前回に劣らぬ演出と同時に、今回は「わかりやすさ」という点からも改善を図っているようです。パフォーマンスを重視して大技に挑戦したり、重要なポイントではあえてスローを混ぜたり、効果音を挿むことによって、わかりやすくなり、「おお、すごい!!」という反応が出やすくなっています。

特に観ていて笑ってしまうほど熱が入ったのは、前半の、ボートがヘリに突っ込むシーン。どこかで観たことがあるような気がしますが、やはりああいう大立ち回りは、見ていてカタルシスを感じるものです。
関節技を極めるシーンもしかり。ホンモノの演技に、「ヴァギ」「ゴギッ」と骨が砕ける音を添えるだけで、もう、すごいことになります。

リアルファイトとはこの作品に当てはまる言葉です。「見やすくする」という観客への歩み寄りを見せても、ホンモノの格闘を見せる、という一線だけは確実に守っています。「マッハ!!!!!!!!」と比べて、確かに過激なアクションは多少減りましたが、見所は減ってはいません。異種格闘技の妙を目に焼き付けるべし。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-29 15:48 | 映画

SPL/狼よ静かに死ね

「SPL/狼よ静かに死ね」(2005)
b0068787_18193060.jpgアクション映画は、ホラー映画に次いでなかなか観る機会に恵まれません。最近のハリウッドのアクションもグッと来ない。そこで京都みなみ会館にて観たこの作品は、思わず見つけた掘り出し物(失礼)。カンフーアクションとはこんなに面白いものだったのか!!と感動した一本です。


舞台は香港。黒社会の大物であるポー(サモ・ハン)を逮捕すべく、チャン捜査官(サイモン・ヤム)らは証人を確保した。しかし、護送途中に何者かに襲撃されて証人を殺され、自らも重傷を負ってしまう。
それ以来、執拗にポーを追うチャンだが、彼は脳に悪性腫瘍が見つかり、早期退職を余儀なくされる。後任にマー(ドニー・イェン)を迎える一方、辞任前にポーを何としても逮捕しようとするのだが・・・

アクションもので、最近有名なのが「マッハ!!!!!!!!」(2003)です。この作品が周囲に与えた影響は大きく、アクション監督のドニー・イェンも対抗して、「SPL」を作り出したといいます。
そこで選ばれた設定がノワール。香港では「インファナル・アフェア」や「ベルベット・レイン」など数多くのフィルム・ノワールが手がけられてきました。爛熟した文化の副産である黒社会。本土に根付く、妖しく花開いた文化の美を生かすことができた作品としても、「SPL」は素晴らしい出来だといえるでしょう。

本作品では、いわゆる勧善懲悪ものとは当然ながら一線を画します。黒社会のドンに私怨をたぎらせる捜査官は、罪を捏造してでも逮捕にこぎつけようと躍起になります。そこでは、通常は成立するような善悪の単純な対立構図が成立しなくなってしまうのです。しかも、血で血を洗う彼らの後ろには、例外なく愛する者の姿がある。いわゆる‘倫理観’を頼りにして、一方を応援することができない以上、観る側は必然的に彼らの死闘の結末を、ただ見守るしかなくなるのです。

観る者を捕らえて引きずり込む、烈しいアクション。死闘を繰り広げる俳優たちは、紛れもなく一流のアクションスターです。カンフーという近接戦を、ものすごいスピードで展開させる彼らに見惚れてしまいます。そこらの生ぬるいアクションシーンなど比較にならない。サモ・ハンの体に似合わぬ敏捷なアクションや、ドニー・イェン、ウー・ジンたちの相当に徹底したリスクの高い技の運びは、「痛み」を感じる迫真のものであり、やはりただただ息を呑んで見ているしかありません。

憎悪と悲劇の連鎖を展開させてゆく本作品。烈しいアクションシーンに加え、夜の世界の彩りのコントラストが非常に美しく映え、彼らの運命を浮き立たせるような音楽が情景を盛り上げます。悲劇を予感させる、控えめながらも荒涼としたオープニングからも、この作品が芸術作品として十分に成立するといえます。

・・・と感動に打ち震えて、もう一度観に行きたい!!と、大阪はトビタシネマまで行ってきました。名画座で、「アサルト13」「アブレイズ」との3本立てで500円という破格の値段なのですが、その環境は値段どおり。キャップをつけたおっさんたちが所狭しと陣取って、ゴミは放置、床を灰皿にタバコの火が点々。しかもフィルムの音声がかすれていたり、スクリーンには何やら飲み物を投げつけた跡が…。
ちょっとしたカルチャーショックでした。

そんな環境で観たから、とは言いたくないですが、やはり2回目はさすがに慣れを感じていました。新鮮さがなくなれば、アクションは魅力を失うのでしょうか。また、技の運びが多少見えるようになっていて、よく見ると技が意外に軽く、効果音でカバーしているように見えます。やられる相手も、派手に痛めつけられているはずなのに、ハンパじゃなく肉体が強靭だったり。

それでも、ウー・ジンの刀捌きはすばらしい。薄気味悪い笑い顔で、踊るように切り刻む様子はまさに芸術的です。ドニー・イェン対ウー・ジンのバウトも、何度見ても、すごい!と唸ってしまいそうな出来でした。
アクション映画で、これは外せません。絶対に観るべきです。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-28 18:21 | 映画

死者の書

「死者の書」(2005)
b0068787_1532796.jpg
原作は、民俗学者である折口信夫が釈迢空の名で著した「死者の書」。本作はアニメーション監督・人形美術家の川本喜八郎が、長い期間を経て完成させた人形アニメーションです。メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など多数の映画賞を受賞。



奈良時代、仏教が最も新しい文化であった頃、藤原南家の郎女(いらつめ)は、称讃浄土教の千部写経の発願を立てた。千部の写経を果たした郎女は、この世をさまよい続けている大津皇子の魂と出逢う。二上山に浮かぶ俤人(おもかげびと)と重ねて見える大津皇子と互いに惹かれあい、郎女はその魂を一途な祈りによって鎮めていく・・・

4月の頭、東京は神保町の岩波ホールで1回目を観ました。30分前に着いたというのに、すでに長蛇の列。しかもそのほとんどが高齢者だったのには驚きました。こんな光景初めて見た。上映場所は、いかにも昭和期に作られた感のある演劇ホール。イスが低いし、段差がないため、前の人の頭が邪魔して見えにくい!横幅もせまいなあ。動けない。。しかも朝イチだったから、途中で意識飛ぶ。もうショボンでした。

そこで京都みなみ会館にて2度目を鑑賞。バイトの直後にチャリを飛ばして行ったものだから、汗ダクダクです。それでも意識が飛ぶこともなく観ることができ(少し遅れたけど…)、満足のひと時でした。

本作は、NHKでかつてやっていた昔語りの人形劇のようなものです。人形は生身の人間と違い、雑多な要素を含んでいません。だからこそ作品全体に流れる静かな空気。人形や背景はその静謐さゆえに、作品に込められる主題を確実に伝えてくれます。人形が動き回る世界は、ここではアニメーションというより、生命を吹き込まれた仏教画のようにも思えます。

蓮の糸を織ってゆくように、丁寧に織り上げられるストーリー。まさに「澄みわたって」という言葉があてはまる、物心両面での静けさを感じさせる作品です。しかし、通常の映画を観るのに慣れていると、ちょっと辛いかもしれません。時間が長く感じられる。そして寝る。
今回は世界観に浸ることができ、「ああ、映画って本当にいいなあ・・・!」と幸福感を味わっていました。

実力派の俳優が演じる声も味わい深いものです。宮沢りえが演じる郎女の声が素晴らしい。時にかわいらしく、時には意志の強さを感じさせるピンと張った声音。声を使い分けるということが、この作品では特に大きな役割を果たしているようです。例えば江守徹の恵美押勝の声は、場面は少ないながらも、押勝の人柄をしっかり感じさせてくれるのです。

日本の仏教文化の美しさを知ることのできる数少ない作品です。
当然好みは分かれますが、日本人なら見ておけ!と言いたくなるような良いものでした。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-26 01:55 | 映画

ウルトラヴァイオレット

「ウルトラヴァイオレット」(2006)
b0068787_1732288.jpg
カート・ウィマー監督が、「リベリオン」で話題になった新アクション、「ガン=カタ」を使って近未来モノを手がけた。主演は、「バイオハザード」で有名なミラ・ジョヴォヴィッチ。彼女のファンなら絶対見に行ったであろう作品です。



謎のウィルスに感染して高い知能と運動能力を得たファージ。人間政府は彼らを滅ぼすため秘密兵器を開発した。兵器を破壊するため、ファージは最強の女戦士、ウルトラヴァイオレットを送り込んだが・・・

とまあ、多少の違いがあるとはいえ、大枠では「リベリオン」と大差ないわけです。独裁者と対決する最強の反逆者。率直に言ってストーリーに全く新鮮味がありません。設定も二番煎じの上、整合性が取れていない点がいくつか見られます。展開にメリハリがない。しかも、ウルトラヴァイオレットの行動に説得力がない。ラストも投げっぱなし、という感がどうしてもぬぐえない。

では、この作品のどこに魅力があるのか…言うまでもなく、主役のミラ・ジョヴォヴィッチです。彼女の抜群のスタイルがアクションに映える。「イーオン・フラックス」のシャーリーズ・セロンよりも魅せてくれます。面構えも女戦士、という感じで迫力があり、「強い女性」というイメージを見事に体現しています。彼女の、ゆれる長い黒髪がとても似合う。強くて妖艶さもあれば、向かうところ敵なし。

また、アクションの要となる「ガン=カタ」ですが、今回は前作のような説明は一切加えられません。そのため、気付かなければ「すごいアクションだ」で終わりかねないので、注意しておきたいところです。「リベリオン」のアクションに劣らず、ミラの、いやミラ様の美しくしなやかな肢体での立ち振る舞いには、ため息が漏れます。

今回、注目すべきはミラ、もといミラ様の美しさに加え、他のアクション映画の有名なシーンに似た場面が確認できるところです。例えば、バイクでの逃亡中に引き返して、追ってきたヘリに突っ込んで攻撃。これは「トム・ヤム・クン」のボートでの逃亡シーンに酷似してます。思わず「トニー・ジャー!!」と言っていました。
そして、ラストバトルは誰が見てもライトセイバーでしょう。これらのシーンって、パロディでもなければオマージュでもない。だとすれば、本作品の世界観に合わせて有名なアクションシーンをアレンジしたとしか考えられない。つまり、パクリってこと?

「リベリオン」の監督の作品とは言え、どうも見劣りが気になります。監督が一発屋とならないよう、次の作品に期待しておきたいところです。さんざん言っていますが、ミラ・ジョヴォヴィッチは本当に美しくてカッコいい。前作に比べて全体的にカラフルにもなっていて観やすくなっており、娯楽作品として一応オススメです。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-24 17:34 | 映画

リベリオン

「リベリオン」(2002)
b0068787_11213530.jpgあの「アメリカン・サイコ」のクリスチャン・ベールが主演の作品。以前から噂は聞いていたが、名もないマイナー作品だろうと思って通り過ぎていたわけです。「面白いから借りてきて!」そう言われなければ、これからも観なかっただろう作品。しかしその実は、隠れた名作。
「ウルトラヴァイオレット」のルーツでもあります。


この作品のポイントは、何と言っても「ガン=カタ」に尽きます。従来のガンアクションは、極端な話、数撃ちゃ当たる的な、物量作戦の域をどうしても出ることがありませんでした。他の格闘シーンでは統制された美しさにも言及されるのに、何故ガンアクションに限って、オ○ニーっぽいのか…。そこで現れたのが、この「ガン=カタ」。武術で重視される形(かた)をガンアクションに取り入れ、銃撃戦に様式美を加えたという点で、このアイデアは革新的だといえるでしょう。

近未来の管理社会を舞台にした作品は数多くあります。「アイランド」「イーオン・フラックス」・・・支配=被支配の対立構図や、全体主義的な世界観はどれも似たり寄ったりです。しかも近未来の世界は、あくまで空想にしか過ぎず、監督の妄想とも取れる表現が一貫性を乱していると、結局「おいおい…」と一気に白けてしまうことも少なくありません。その点で「リベリオン」は、監督の作りこもうとする意志がビシビシ伝わってくる、数少ない力作であると言えるのです。

指導者の「ファーザー」のもとで一糸乱れぬ平和な社会を維持する、その目的のためには全てが統制される必要があります。生活様式、思想、そういったものをまとめるために不必要なのは感情です。感情を抑え、人間行動の最大効率をめざす・・・その目的で作られたものの一つに、「ガン=カタ」が位置づけられます。まさに「ガン=カタ」という、統制された合理的な戦闘テクニックは、全体主義社会の“華”なのです。

しかし、人間の最大の魅力である感情を殺した社会なんて、結局不自然でしかありません。感情抑制剤を切らしてしまったプレストンは怒涛のように溢れる感情に戸惑うのですが、この抑制剤、あまりに切れるのが簡単すぎる。管理社会として成立しないくらいに脆いのです。他にも、同僚のブラント(テイ・ディッグス)はキャラ自体が感情的過ぎないかだとか、そもそも理性と感情はどこで分けられるのか、ということを考えると疑問は尽きません。
だいいち管理社会の設定が非常にきわどいので、かなり無理があるのですが・・・。

それでも、それらの弱点をフォローするために細心の注意が払われているのには感心してしまいます。例えば感情抑制剤は、管理社会を象徴する産物であると同時に、その効果の弱さは、不完全な管理社会の末路を示唆していた、と考えることができます。同僚が感情的なのは、管理社会が成立してまだ日が浅いから、といえば大丈夫(これはかなりキツイ)。

細かい点を上げると切りがありませんが、やはり映像美には注目すべきところがあります。「ガン=カタ」をめぐる戦闘シーンですが、様式美が素晴らしい。主人公が強すぎます。ラストバトルははっきり言って地味ですが、これこそ「ガン=カタ」の極地!!と言うべきでしょう。見た目よりも技術を重視した点に、監督の信念が感じられてすごく好感が持てます。
(もしかして、「東京ゾンビ」のラストバトルはこのシーンのオマージュなのでは・・・。)

政治や思想を中心軸にSFを作り、そして一貫性を保つために、安きに流れず可能な限りの工夫を凝らした作品です。「ガン=カタ」は今後のアクション映画に大きな影響を及ぼした・・・のかよく知りませんが、少なくともこの命脈は「ウルトラヴァイオレット」につながり、美麗なアクションシーンを見せてくれることになります。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-23 11:22 | 映画
「闇打つ心臓 Heart,beating in the dark」(2005)
b0068787_1124855.jpg
1982年の同名作品のリメイク。しかしただのリメイクではない。オリジナルで出演した内藤剛志の、今回の作品制作への意見が波紋を広げる。映画を通じて、実際に20年を経た男がどのように変わったか。



これは現代社会にオリジナル作品を投影したフィクションであると同時に、異なる世代間の葛藤と理解を描き出したドキュメンタリーでもある。

図らずも面白い作品になった、という感じの作品です。もっとも、ハプニングもひっくるめて一作品にしてしまおうという長崎俊一監督の判断もさすがです。だいいち、内藤剛志がリメイクに物申す、なんて言ってしまえば聞こえはいいが、単なる内輪もめでしかないわけです。それに巻き込まれた本来のキャストの若手俳優なんてたまったものじゃありません。
しかし、今回はまさに、その世代間の葛藤がテーマとして生きているというのが魅力的なのです。

本編では、映画の制作過程が同時に織り込まれて展開します。
「20年前の俺をぶん殴ってやりたい」(内藤剛志)
彼にとって、「闇打つ心臓」(1982)とは単なる通過点ではなかったようです。23年たった今でも、当時をたびたび思い出す。伊奈子を演じた室井滋も、あのときのことが忘れられない、ということを言います。子殺し、という重い十字架を背負った若い夫婦が、闇に隠れて息を潜めている――オリジナルを見ていないので何とも言えませんが、たったそれだけの情景が2人に深い闇を落としたことは間違いありません。

「内藤さんは俺をぶん殴りたいらしいしさ」(本田章一)
一方、本来の主役であった本田章一、江口のりこは内藤の突然の乱入に戸惑いを隠せません。内藤の本作への思い入れが激しいほど、彼らのストレスは増してゆきます。上の吐き捨てられた言葉は、あきらめと同時に、彼への苛立ちや非難が渦巻いた、端的にも強烈な台詞です。

夜闇が深まり、内容の上でも盛り上がりを見せる部分に近づくに従って、2人の男女の描写は互いに酷薄なものになってゆきます。リンゴォたちは、今までの苦悩を半ば「自分の言葉」で語り(だからこそ自慰的にも見えるが)、透と有紀の独白では、現代の若者の倫理観の描写と同時に、逆に「語らせられている」印象が強く、痛々しさが響いてくるものでした。特に有紀が直立不動で歌う「traveling」は見ていて辛い。

「内藤さん、殴って下さい」(本田)
自分自身が葛藤を抱える内藤の姿が、若い世代にも共感されたのでしょうか。鑑賞時は上下関係の義理としか思えなかったのですが・・・。これが、やまだないとの評する「今のナイトーさんを許しちゃった」瞬間なのでしょう。様々の軋轢の中で、互いの結節点を見つけたとき、既にラストは決まっていたのかも知れません。

「子殺し」という罪を背負った4人の男女の出会い。それは互いの許しの場であると同時に、世代間の理解と共感の場であり、それと同時に4人の未来への出発点でもありました。
フェイクドキュメント風の形を取った今回のリメイク。手法の新鮮さもさながら、類まれな心情描写が目を引く作品でした。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-21 11:07 | 映画

嫌われ松子の一生

「嫌われ松子の一生」(2006)
b0068787_2222358.jpg
山田宗樹の小説を映画化。中谷美紀を主演に据え、他にも若手実力派俳優や人気アーティストなど、豪華キャストを起用。映像だけでも見ごたえがありますが、それ以上にパワーを感じる作品です。監督は「下妻物語」を手がけた中島哲也。これだけで見る価値があるかも。


「実はものすごく暗い内容なのに、映像と音楽がそんな雰囲気を全然出さない」。多くのサイトがそのような評価をし、一緒に見に行った友人もそう言いました。この世界観を、明らかに意図して作られたものだと考えると、暗さや明るさといった表面的な印象以上に、何か異なったメッセージを残しているように感じます。

オープニングから木村カエラがカラフルな画面と共に「トゥリル トゥリル リカー」を歌いだすのには驚きましたが、この作品のテンションの高さはここから始まっていました。その後もBonnie PinkやAIが、松子のそれぞれの人生の場面で、プロモーションビデオよろしく熱唱し、中だるみも許さない勢いで花を添えてゆきます。ミュージカルのような演出が松子の人生を彩ります。というより、松子の人生が、このミュージカルのようなものだったとも考えられます。

そして音楽と共にこの作品に花を添えるのが映像のカラフルさ。多少の誇張表現はあるものの、ビビッドな色彩が不思議としっくり来ます。当時の情景や松子の人生の“色彩”を表現するための、丁寧な再現と同時に行われたデフォルメ。結果として、「初恋」のような忠実な当時の再現よりも、より“リアル”な表現となったように思います。

また、中谷美紀の女優としての華と、演劇っぽいオーバーアクションが作品にメリハリを与えます。正直、彼女の演技がこの作品の大半を支えていたと言ってもいいでしょう。驚くほどの豊かな表情、キビキビした動き、喉がかれるほどの絶叫(『なんで!!!』)。彼女の演技のすべてが新鮮で、パワフルです。

映像の華やかさとは裏腹に、徹底的に不幸な松子の人生。彼女が幼い頃から乞い続けてきたのは、父の愛でした。何度男に見捨てられても、その度に「愛があれば生きてゆける」と立ち上がってきた彼女。徒労にも見える行為を続ける姿は、あまりに痛々しく、この世の地獄を見るようでもあります。しかし、松子の人生が単なる不幸話や狂人の人生とならないのは、彼女が常に「愛に生きた」からに他なりません。

父の愛を求め、そのために人を喜ばせようとしてきた彼女が最後に行き着いたのは、「人を愛する」こと。どんなに傷つこうとも、人を愛することをやめなかった彼女を、最後の男、竜は「神」と位置づけます。つまり、松子がキリストだというのです。愛に飢えていた彼女が、「愛」そのものとなったとは何とも皮肉な話です。しかし、彼女にはその選択肢しかなかったのであり、また彼女を知った人には、「生きる」とは、「愛」とは何かを図らずして伝えたのです。

こんな主題をなまじ正攻法で伝えようとしても、逆に空々しさ、うそ臭さが鼻に付くばかりだと監督は感じたのかもしれません。多くの人々に何かを伝えるには、恐ろしいほど現実的で、しかし極端な方法しかない。そのためにも、この作品は徹底的に作りこまねばならない――。そういう意味では、本作品は強烈なメッセージ性をもった作品となっています。
見終わって、頭をぶん殴られたような思いでした。身につまされるし。
ただ面白いだけじゃすみません。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-20 02:26 | 映画

タイヨウのうた

「タイヨウのうた」(2006)
b0068787_13262816.jpg
新人歌手のYUIを主演に起用し、話題をさらった作品。関西では残念ながら上映は終わってしまいましたが、今度は沢尻エリカ主演でテレビドラマ化(7/14(金)~)されています。





上映が終わったのに、誰も席を立とうとしなかった。

今まで観たことのない光景でした。普通はスタッフロールが流れると同時に、早々と出て行くカップルが何組かは必ずいるというのに、照明が付いても皆が席を立たないでいるのです。出ないの?という風な表情で後ろを振り向く人が出るくらい、静まり返っていました。
個人的には、そこまで感動する作品というほどでもなかった。それなのに、なぜこんなにも余韻を噛み締めたくなるのだろう。

主演を張るYUIは、あくまで本業は歌手。演技も新人によくある、訥訥としたものでした。ストーリーも「世界の中心で愛を叫ぶ」に多少似ていたように思います。内容としてはいまひとつ魅力に欠ける、そんな作品なのに、予想以上に後を引いた。その原因の一つには、「バランスの良さ」が挙げられると思います。

YUIは真木よう子に少し黒木メイサが入ったような、愛らしさの残るルックスやかわいらしい声が魅力的。しかし、もちろん顔だけで評価が上がるはずがありません。「海猫」「電車男」の伊東美咲のように。YUIも多分に漏れず、表情の乏しさ、感情表現の拙さなど、初々しい演技が目を引きました。あまりの拙さに、対照的なキャラを演じた塚本高史や、ベテランの岸谷五朗や麻木久仁子がオーバーアクションに見えて、逆に浮いていたくらいです。

普通ならその時点でアウトなのですが、ここで注目すべきなのはYUIの役柄です。XP(色素性乾皮症)という不治の病を抱え、外出できない彼女は、幼なじみの美咲(通山愛里)が唯一の友達。夜の公園でストリートライブをするのが楽しみという彼女が、普通の女の子とは少し違う性格でも、不思議ではありません。今まで我慢を強いられてきた子にとって、感情表現は苦手にもなるでしょう。また、XPという病気が、精神障害を誘発する可能性を持つという点も重要なファクターです。
つまり、彼女の置かれた特殊な状況が、YUIの演技を十分すぎるほどフォローしてくれているのです。

また、この作品自体のバランスの良さも重要です。
まず、YUIの歌が、薄幸の少女の歌うものとして見事にマッチしています。か細くて切なげ、しかしどことなく力強い。ヒマワリが描かれた看板の前でのライブは見事でした。また、彼氏役の塚本高史が、バカだけど素直という対照的な性格だったことや、スタッフロールで余情を促すような静かな音楽を使ったことも作品の印象を際立たせる要因になっています。

そして作品の素地を形成する、王道パターンの演出。後半では我慢がならないほどクサい台詞、ベタな台詞が連発しますが、そういうのを含めて一般受けする内容です。YUIの今後のヒットを見込んで作られたとしても、十分な内容になっているはずです。となると、この作品は予想以上に手堅く作られていたのかも…。

作品自体はバランスが優れて良かったけど、手堅く作るあまりベタさが目立ってしまい、満足できるには至らなかった。その消化不良感を抱えて、観る側は作品が持つ以上の余情、余韻を求めてしまった・・・というのは考えすぎか。
ともあれ、期待以上に好い感じで見終わることができて、満足のいくものでした。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-18 13:34 | 映画

M:I:III

「M:i:Ⅲ」(2005)
b0068787_1961289.jpg
トム・クルーズ主演のシリーズ第3作。第1作では「スパイ大作戦」を見た世代も魅了して、話題をかっさらったものの、第2作では観客をナメたリアリティのなさ、陳腐な内容で大コケ。では第3作目となる本作はどうなるのか?!「宇宙戦争」でもコケ、プライベートでも突飛な言動の絶えない彼に明日はあるのか。

「トム・クルーズに1500円は高いよな~」などと文句を垂れ流し、それでも「まあ行ってやるか」という傲慢な態度で知人と観にいってきました。文句言うくらいなら行くな。
・・・またも予想が外れました。第2作なんて比較にならないくらい面白い!!アクションものは初心者なので、目くらましを食らった可能性はありますが、これは取りあえず誰に勧めても良さそうです。

息もつかせぬアクション。「ミッション・インポッシブル」の名に負けず、死線ギリギリをかいくぐって作戦を遂行するイーサン(トム・クルーズ)たちから目を離せません。前回はお決まりのパターンで余裕綽々の作戦遂行(そう見えた)だったのがかなり癪で、全く気に入らなかったのですが、今回はイーサンたちの行動は、一応すべて必然性の高いものばかりです。

アクションが有り得ないレベルで繰り広げられ、「この人アホや、アホの人や」と思わず呟いていました。
が、それだけ迫力があるわけです。イーサンたちの今回の作戦は、決して任務ばかりではありません。いわゆる私怨、義憤といった個人的な感情から向こう見ずな行動に出るのが多く、その感情の高まりがアクションの激しさに重なり、いっそう臨場感が高まるのです。

黒幕は一体誰なのか分からない中で、イーサンたちは彼らよりも大きな権力に翻弄されます。肉親同然だった訓練生や、愛する者を奪還するために疾走したり、目の前で妻を殺されそうになったりと、手に汗握りっぱなしです。

脇役もなかなか味のある役者ばかり。密輸商人のデイヴィアン(フィリップ・シーモア・ホフマン)が太ったレオナルド・ディカプリオみたいで見た目も憎たらしいのですが、やることもかなりえげつない。確かに「刈り取っても次が生えてくる雑草のよう」な存在だとしても、大物の悪人といった態度がなかなか堂に入っています。局長を演じるローレンス・フィッシュバーンも堂々たる体格で、「マトリックス」「アサルト13」に劣らぬ大物っぷりでムカつくぐらいはまっています。

スピードのあるアクションや緊張感の高いストーリーと、今回は力を入れて作りこんでいる、という印象を受けました。トム・クルーズも細かい役作りや、必死のアクションなど入魂の演技が光っています。
今回はさすがに外れないでしょう。夏休み、迷ったら「M:I:Ⅲ」を観にいくべし。
[PR]
by murkhasya-garva | 2006-07-17 19:09 | 映画