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by murkhasya-garva
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「ライフ オン ザ ロングボード」(2005)
b0068787_14293222.jpg1,2年前のサーフィンの映画で「ビラボン・オデッセイ」など何本か記憶があります。結局は観にいかなかったのですが、自然を映した作品はいいですね。壮大で解放的な広さを持った海は、人の心を癒す働きがあるのかもしれません。
そんな大らかな種子島の海に第二の人生を託した男の物語。


ついに定年退職を迎えた米倉一雄は、亡き妻の「種子島に一緒にサーフィンしに行こうって約束したの、覚えてる?」という言葉を思いだす。彼は妻との約束を果たすべく、昔持っていたロングボードを引っ張り出し、1人種子島へと旅だった・・・

作品自体の出来はそこまで評価できるものでもありません。登場するサーファーたちは基本的に演技がぎこちなく、滑舌がいい分だけ素人演劇っぽさが目に付きます。ストーリーもこれ以上ないほどのご都合主義。各シーンも使い古されたようなカットばかり。
しかも突然、浅香光代が過去の歴史を語りだすのにはたまげました。何の脈絡も無く。どこから圧力がかかったのか知りませんが、あからさまに蛇足です。

主演の会社を追われた男を演じるのはベテランの大杉漣。彼は体全体を使って力いっぱい演技するのですごく好感が持てるんですが、今回に限ってはそれが裏目に出たんじゃないかと。冴えないオヤジもひたむきな姿も上手いのに、どうも不似合いな感じがしてならない。もともと体格がいい分だけ、筋トレの必死さがすごくわざとらしかったり。

まともに見ていると始終不完全さが目に付くのですが、この作品の視聴者層を考えるとそんな作りにうなずけもします。主人公は定年退職を迎えた壮年の男。行き場のない鬱屈を抱えた会社人にとって、若い頃の夢を叶えようとする姿はまぶしく輝くのかもしれません。憧れの地、夢の人生、そんな世界を映した憩いのひと時を主人公と同世代の方に提供するという意味では成功していると思います。

そのため、所々に破綻があれどこの作品には監督の誠実さのようなものが見え隠れするのです。青々としてきらめく海や、なつかしのビーチボーイズの音楽は観る者を狭い空間から解き放ってくれるでしょう。しかもボードの乗り方を長めに描写するなど、この作品への丁寧な扱いかたが伝わってきます。
役者も、バラエティで有名な西村知美や定評のある小倉久寛を起用するところは年齢層に合わせたチョイスだということでしょうか。

この作品は前半で描かれる主人公・米倉一雄(いかにもな名前!)の心理描写にも注目しておきたいところです。行き場を失った男の悲しみが、痛いほど伝わってきます。ブランコのシーンもベタながら、身につまされるようです。親子関係にも自分なりに必死だったりと、その丁寧な描写でハッと息を呑むシーンがあることも強調しておきましょう。

一雄を理想のストーリーに沿わすか、現実のドラマを生きさせるか。映画という仮想世界だからこそ出来ることをちゃんとやったという意味で、監督の選択は間違っていなかったと思います。
これは、壮年期のサラリーマンへのエールだといえます。現代に生きる人々のための、解放と自己実現のストーリー。
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by murkhasya-garva | 2006-04-30 14:30 | 映画

転がれ!たま子

「転がれ!たま子」(2005)
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京極弥生座あらため新京極シネラリーベにて鑑賞。「鉄かぶと」が印象的で、一風変わった作品を期待していましたが、予想外の王道ストーリー。監督は新藤風。桜井たま子を演じるのは、映画初主演となる山田麻衣子。



桜井たま子は子供のときの経験がもとで、とても警戒心の強い子に育ってしまいました。自分の家から半径500メートル以内から出たことはありませんし、自分の部屋以外で愛用の鉄かぶとは外しません。また甘食が大好きで、甘食が彼女のすべて。そんなたま子の世界はいつまでも変わらない、そう信じていたのですが…

ここ最近の日本映画の進歩は目覚ましいものがあります。現代の感覚を鋭い視点から切り込んだり、あるいは映画技法の新境地を拓く作品があったり。新鮮さを新しいものに求めるのは結構なのですが、時には一息つくことも必要です。本作品は昔の映画を見ているような、温かい気持ちになれる逸品です。
そしてこの作品の一番の魅力は、一貫して主人公の成長をテーマに撮っている点にあるのです。

最近の作品の多くは、他の登場人物のちょっとした台詞や行動がストーリー転換のキーポイントになることなんてざらです。しかし本作品では彼らの行動は、たま子の世界を引き立てるための演出に徹しています。彼女がアクションをする限りでは豊かに反応しますが、決して予想外の混乱を引き起こすことはありません。「やれば出来る」「望めば叶う」。それは悪く言えばご都合主義ですが、いわゆる成長譚として、昔から連綿と続いてきた童話を現代社会に実現させているということなのです。

そのため現実感を多少とも失わせる演出はありますが、時にリアリスティックに表現し、時に思い切り寓話化してメルヘンにすることで不自然さを解消しているのは監督の手腕といっていいでしょう。一つの物語として、たま子の服装をあえて奇抜にしたり、また時代を感じさせない風景にし、季節を初秋あたりで固定したりしているのも見事です。

たま子を演じる山田麻衣子自身は、「たま子の心情になりきれない日は凹んだ」と言うくらいに演じこんでいるようです。前半は全くといっていいほど話しませんが、その分表情や仕草にとても感情がこもります。というかふくれっ面がたまらなく魅力的なんです。山田麻衣子の魅力を再確認する作品とも言えるでしょう。
現在アフタヌーンに連載中の「世界の孫」の主人公・甘水にも似ています。いい年こいて精神年齢は5,6歳児。手に負えないけど憎めない・・・

周りを固める俳優陣も相当な実力派です。たま子の父は竹中直人。彼はよく演技過剰だといわれますが、今回は慎重に抑えたのか繊細な心を持つ父を演じています。やっぱり彼はうまい。他の人たちも存在感の溢れるキャラばかりです。

観終わってから、後ろにいた青年が「何ともいえません」と言って連れを笑わせていました。確かに性質は王道っぽく、目新しさはそうありませんが、ここまで完璧に成長物語を描いた作品はあまり見当たりません。年齢を問わず確実に心温まる作品、そんなある意味サザエさんみたいな本作品は、傑作といっても過言ではありません。
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by murkhasya-garva | 2006-04-29 12:01 | 映画

変態村

「変態村」(2004)
b0068787_12897.jpg東京では渋谷のライズXにて公開。あのユニークな空間の見下ろす方の席で鑑賞。
京都は京都みなみ会館にて公開。2005年ジュラルメール・ファンタスティック映画祭では審査員最優秀賞、国際批評家賞、プレミア観客賞受賞。ファブリス・ドゥ・ベルツによる狂気の愛を描いた問題作。原題の”calvaire”は「受難」の意。

ポスターは赤と黒ベースの何とも不吉なデザイン。タイトルも「変態村」と安物ホラーばりの安直なネーミングなのだが、いわばそれだけの潔さに好奇心半分、尻込みしてしまう。基本的にホラーは得意ではありません。ビビッてはいたけど、観ないわけにはいかない。しかしライズXの雰囲気もですが、もう、本当に、最初から逃げ出したくてたまらなくて…。腰半分浮いた状態で本編が始まったのです。

最初に言っておきますがこれはホラーではないそうです。純粋な愛の物語です(誰が信じるんだ)。とはいえ恐怖度がハンパではない。村人の狂気から逃げられず、為すがままの主人公。いつ壊されてしまうか、そんな途方もない恐怖と不安感が伝わる前半が本当に怖かったです。観ていて、「早く主人公死んでくれ、そしたら怖いのが終わるから」と本気で思ってました。逃げ場の無い痛みを眼前に突きつけられるという、拷問にも近い辛さがビリビリと伝わってきます。
村人の集団狂気もハンパでなく気持ち悪い。ピアノとか、ダンスとか。(そういえば、ラストの村人が川を越えるシーン、どこかで見たような気がしませんでしたか?)

しかし、恐怖や苦痛がメインではありません。例えば示される愛情の形は多様で、宿の主人+犬を探す青年と村人とで対立します。相手に狂おしく執着するような愛vs.原始的で破壊的な愛という感じです。また、宿の主人と犬の青年は師弟的な信頼関係にあり、対象は違えど同じ愛の形なのが印象的です。
オープニングでマルクは老人ホームでも熱烈な愛情を受けるのですが、まさに彼の姿は「受難」の人。つまりキリストとも重ねられるというのでしょうか。

この作品を恐怖で終わらせないのは、文字通り恐怖一辺倒ではないところにもあります。前半に続く徹底的な痛みを期待していただけに少し失望もしましたが、これがホラーで無いことを考えれば納得の結末です。小咄で出てきた小人が実際に映るのは非常に寓話的ですし、ラストの締め方は本作のテーマを示唆していて、非常に詩的な印象を受けます。とても象徴的な映像、夢を見ているかのようなカメラワーク。いつの間にかその光景に酔い、自分が批評しようとしていることすら忘れてしまいます。

村という閉鎖社会に潜む恐怖。結構ありふれているのか、邦画では「奇談」や「雨の町」を、洋画ではそれこそ「蝋人形の館」などを思い出します。作風でいうと、日本で言えば園子温の「ストレンジ・サーカス」がよく似ていますね。
細かい配慮と一貫したテーマが観客を悪夢の渦に巻き込むような作品。少しでも興味があったら、重い足を引き摺ってでも観にいって下さい。「うええ」って感じになること請け合いです。
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by murkhasya-garva | 2006-04-25 01:04 | 映画

ラストデイズ

「ラストデイズ」(2005)
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2005年カンヌ国際映画祭正式出品作品。グランジを代表する伝説のロックバンド、ニルヴァーナの一員であったカート・コバーンが人気絶頂時に自らの命を絶った。その最期の2日間を、コバーンの書物に着想を得、ガス・ヴァン・サントが映像化した作品。



ガス・ヴァン・サントの手がけた作品には「ジェリー」「エレファント」があります。今回の作品とつなげて、三部作的要素が指摘されています。「エレファント」はコロンバイン高校の銃乱射事件を描いた作品で、静かでそして哀しく、情景が胸に突き刺さるような出来となっています。この、観客の心情を鷲掴みにする独特な作風が印象に強く、にわかファンになったわけですが…。

本作品も、前作と同様に美しい情景描写と淡々としたイベントの連なりが特徴的です。このただただ気だるい空気を背負うのは多少なりとも苦痛なのですが、この監督にかかればそれが情感溢れるものになってしまうのだから、すごい。観た後に何とも哀しい気分にさせられるのです。フィクションよりもリアルで、現実よりも美しい。

ストーリーは説明的な言葉を排除し、カート・コバーンや友人たちの視点を使って断片的に、重層的に描かれます。この同じ時間軸を繰り返し、別の視点で描くという方法は、まさにコバーンが1人で各パートを作り、同じフレーズを繰り返しながら延々と音楽をかけ続けるシーンに重なってきます。しかも、各パートが一つ一つつぶされ、何事もなかったかのように曲は消え去ってゆく。曲の雰囲気は暗く、まさに彼の死を象徴するかのようです。

誰にも止めることのできなかった彼の死。同じ空間にいながら、各人の関わりはあまりにも薄いのです。ヤクでラリった友人との会話も、訪問販売員との会話も、必然的に希薄なものにしかなりません。彼自身もバンド仲間に会うのを恐れて逃げ回っていますし、1人でぶつぶつと何かを呟いているのを見ると、彼の「救いようのなさ」を痛感してしまいます。

彼の歌う曲中にこんな歌詞があります。「実が熟して 腐り 似ているね」。グランジというジャンルが鬱屈した感情を歌う傾向にあるというのもありますが、彼が人の死にゆく姿を歌ったかのような曲を死の直前に選ぶというのが、何とも象徴的というか。畳み掛けられるような感じです。
また、前作でもですが、死に近い者の傍で同性愛が行われるのが目を引きます。監督は、男たちが交わるという生産性の無さや、退廃的要素を「死」に投影したかったんでしょうか。

苦悩、孤独、絶望、不安、苦痛、これらの感情を見事に描き出す監督の文句ない一品です。「ジェイ&サイレントボブ 帝国への逆襲」によると(笑)監督は脚本作りに鬼のような遅さを発揮するそうですが、これだけの作品が観られるのなら、どれだけ遅くても別にかまいません。
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by murkhasya-garva | 2006-04-23 21:27 | 映画
「ナイト・ウォッチ/NOCHNOI DOZOR」
b0068787_23471127.jpgロシア発、「マトリックス」を超える映像を引っさげて、ダークファンタジー3部作の第1章がやってきた。3部作にかける思いは人それぞれだろうけど、今回は「マトリックス」を引き合いに出すのだから、期待度が高まったのは間違いないですね。


3部作の形式をとる映画は腐るほどあります。「マトリックス」ほど近年で次回作を期待させた作品はないし、かつての名作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「スターウォーズ」を映画の最高峰とする人も少なくない。「ロード・オブ・ザ・リング」は最近で最も成功した3部作といわれます。しかし一方では名作が取る甘美なワナでもあります。第一作が高い評価を受けてその勢いで続編を作り、「自らうち建てた記念碑を光の速さでぶち壊した」(榎本俊二「映画でにぎりっ屁!」)作品もあるくらいですし。

では本作品はどうか。マトリックスと同じくらいの可能性を感じさせる映像方法。ぼくの目を引いたのは字幕でした。英語字幕に色が付き、溶け、スライドし、踊ります。またスピードの緩急を駆使して見所を作り、息もつかせぬカメラワークで目を回させ、その情報量の多さで圧倒します。実際に2004年アカデミー賞外国語映画賞にノミネート、東京国際ファンタスティック映画祭2005でクロージング特別作品として、熱狂的な反応を呼んだそうです。

しかし一般ではどうも評判が悪い。ある種の退屈さというか、つまり映像効果だけが一人歩きしているようなのです。確かに作中では驚くほどのCGが施されていますが、それが何なのか、本筋にどう関わるのかがはっきりしない。特にオープニングでは、豹になる女、「くもQ」、老女の魔術など分からないことだらけ。各エピソードでもそれがコメディ的なものなのか、ストーリーに関わるイベントなのかを判断することができません。観る側としては「すごい、けど退屈」としか言えないのではないでしょうか。

このことは、逆に言えば裏設定が豊富だということでもあります。だからこそ次回作以降に期待できるのですが、これ1本では情報があまりに断片的で、一般的な「分かりやすさ」を拒絶するようにも見えるのです。そして、結果的には、一般受けするエンターテインメント性よりも重箱の隅をつつくような裏設定に心ときめかせるようなカルトファンを生み出すことにもなりかねません。「くもQ」なんてその最たる例です。

映像の斬新さとは裏腹に、その分かりやすいまでの世界観やまったく新鮮味に欠けるストーリー展開、そしてアンハッピーエンド、これらがなべて作品全体の魅力を下げているように思います。この作品の背景や技術の高さを理解できる人、本国の映画ファン、そして異常な愛情を注ぐことのできる人ならば大いに楽しめることと思います。

しかしそんな作品がなぜここまで宣伝され、注目されたのか。それは、端的にそして極端に言えば、「ロシアがマトリックスばりのSF超大作を手がけたという話題性」に半ばヒステリックに反応したからだ、ということにはならないでしょうか。
ともあれ、次回作、次々回作に大いに期待しますか。
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by murkhasya-garva | 2006-04-22 23:50 | 映画

夢の話

最近ろくに映画の更新もしていないので恐縮だが、今回は夢の話。

昨日の夜、夢を見た。
30代前半かと思われる小太りの中年男性がスチール机に向かって座っている。
机の上には一台のノートパソコン。
彼はタイプを上手く使えないのか、右手でキーボードをたたいている。
興味をなくして後ろを振り向いた瞬間に、バチバチとタイプの音の早さが上がった。
驚いて、後ろを振り向くと、彼の右手が動いている。それを見ていると、さらにスピードが上がった。バチバチバチバチ・・・
少しシャツをまくった右手が残像を残しながら踊り狂う。
彼の肉付きのいい頬肉、鋭く細い目、彼の右手に注意がゆく。
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by murkhasya-garva | 2006-04-22 02:17 |
「ナイスの森~The First Contact~」
b0068787_2421793.jpg今回のびっくり掘り出し物!!!!!な感じの作品。ポスターからはうかがい知れないその内容とは…ナンセンス、クレイジー、ポップ、キュート、グロテスク、そして何よりダンサブル。監督たちのチャレンジ精神に溢れたこの映画の衝撃に、あなたは耐えられるか。


キャストがすごい。浅野忠信、寺島進、池脇千鶴、吹石一恵、加瀬亮、津田寛治、庵野秀明などなど。どの役者にもコアなファンがついてそう。実際に京都みなみ会館では、去る4月16日、客の入りは予想以上に多かった。しかも年齢層がすごく広い。女子中学生3人組から壮年カップルまでと、こんなの見たことない。何を期待してきたのか聞いてみたい。

監督たちはこの作品を皮切りに「ナイス」な創作を続けるため、タイトルと同名の会社を設立。監督は3人。石井克人×三木俊一郎×ANIKIの今後の活躍は個人的にとても期待しています。それだけこの作品はインパクトが強い。いやアクが強い。

しょっぱなから訳の分からないエピソードが怒涛のように展開します。オチなしの錯綜した世界観は失速することなく、ひたすら混乱を極めていくのにはただ感嘆するしかありません。それに、もしかして作品自体が「音楽」なんじゃないのか、後々考えるようになりました。というのも、脈絡なくエピソードの断片をぶちこむ様子は、作品に数多く挿まれるダンスミュージックのミキシングによく似ているように思われるからです。

しかも音楽もナイス。加瀬亮が踊り、恐らくプロのダンサーが踊ります。そもそも全体的にクレイジーなのもありますが、いつのまにか踊る環境になっているので、違和感なく観られると思います。特に夜の浜辺でのダンスは素晴らしい。これでもかというくらい踊りまくる。観ていて楽しい。少し冗長な気もしますが。

愛読するマンガ「おしゃれ手帖」を思い出さずにいられません。ナンセンスギャグを連発し、そのシュールな世界に読者を巻き込むスタンスが非常に似ています。ついていけない人はついていけないけど、一度はまると抜けられない魅力があります。「ウゴウゴルーガ」が好きだった人なら絶対はまりそうですね。

ぼく1人しょっちゅう笑っていたような記憶があります。小ネタが素晴らしい。たとえば寺島進の般若面、ハイテンション池脇千鶴、庵野秀明の「監督って呼んでくれないかな」発言、そして「合コンピクニック」。なんだそれ。かつての合ハイ(合同ハイキング)と違うのか?
気持ち悪い生物もたまりません。形状がヤングアニマル連載「ベルセルク」の魔物に似ています。平然と生徒たちが使うのもかなりシュール。下ネタギリギリだし。キモい。

タイトルに使われる「ナイス」とは、楽しい、愉快という意の「良い」を表しているだけでなく、くだけた表現として話し言葉に良く使われる語でもあるそうです。他にも、「困った、ひどい」「結構な、申し分のない」「ふしだらな、みだらな」、そして「慎重さを要する、取り扱いが難しい」「好みのやかましい」という意もあるとか。どれもがこの作品の性質を端的に表しているようであり、監督たちの並々ならぬ配慮が感じられるようです(笑)。

いつの間にかリピーターができそうな、勢いの強い作品です。首を傾げる人もいるでしょうが、これは推しておきたい。映像型ミキシングの佳品として、注目です。
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by murkhasya-garva | 2006-04-18 02:44 | 映画
「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道」(2005)
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4月1日、テアトルタイムズスクエアで鑑賞(だったと思う)。340席もあり、席も座りやすい。スクリーンは大きく、音響もいい。映画を観るには十分な環境です。しかし1日のサービスデイだからか人が多かった…。


ホアキン・フェニックスが歌手ジョニー・キャッシュを演じる感動の作品。ジョニーに影響を受けたアーティストは多いとか。その伝説的存在を演じる際に、フェニックスは彼の楽曲を二十数曲マスターしたといいます。激しいトレーニングを積んだとあって、演奏シーンは迫力があり、見ごたえがあります。彼の心情を象徴するかのように挿まれるたくさんの楽曲に彩られ、ストーリーは彼の波乱の人生を綴ってゆきます。

ジョニー(ホアキン・フェニックス)は既婚者でありながら、少年の頃から好きだったジューン(リーズ・ウィザースプーン)に想いを寄せる。妻のヴィヴィアン(ジニファー・グッドウィン)はそれが分かっているために気が気ではない。何だか大人のドロドロ恋愛模様にもなりそうな関係を純愛ストーリーに出来たのは、当然のごとくこれが「ジョニー・キャッシュの人生」を描いた作品だったからでしょう。
彼を、彼の心情を優先的に描いたからこそ、観るものに強いシンパシーを感じさせるのかもしれません。

苦悩と薬物でボロボロになりながら、なおジューンのことを想い続ける…本作品のタイトルでもある”Walk The Line”はそんな彼自身が「しっかりしている」と言い聞かせ、「まっすぐ君につづく道を歩く」と歌うのです。何とも痛ましく、そして切ない歌であることか。彼の精神が如実に表れた数々の曲は、つまり映像と並行して彼の人生を語っているのです。

楽曲をはじめとした暗喩的な表現は数多く、彼の人生をいっそう彩ります。例えば、彼がヤク中で休暇を取っているとき、小切手で2万ドルを換金しようとします。しかし、その金額に驚く銀行員が渋っていると「現金に換えられなければただの紙くずだ」と言い放つのです。名声だけが付きまとう彼(=小切手)を評価する(現金=キャッシュに換える)手段がないのをもろに表しています。彼自身、自分の退廃ぶりは自覚しているのに抜けられずにいる地獄のさま…。

時にはライン(=自分の生き方、友人の言葉、両親の人生)を否定し、時には木の株に引っ掛かった新品のトラクターのように行き詰まることもある。しかし自分の音楽やジューンへの愛を決してやめない姿は痛ましくもあり、切なくもあります。また同じ痛みを知る者であるからこそジョニーを支えられるジューンや、彼女の家族の愛情に胸を熱くさせられます。

時代の反逆児であったスターの物語。彼を取り巻く有名人の似姿もさながら、その懐かしいリズムやスムーズなエピソードの導入による彼の人生に注目して下さい。塞いだ心でもいつしか溶けているのを感じる佳品だと思います。
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by murkhasya-garva | 2006-04-14 18:11 | 映画

卍 まんじ

「卍 まんじ」(2003)
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雨上がりのレイトショーだというのに結構な人数が来ていて、座席の8割以上が埋まっていました。一番後ろに座ってしまい、足が伸ばせず少々難儀しました…。



何一つ不自由なく暮らす園子(秋桜子)は、美術学校で妖艶な美しさを放つ女性、光子(不二子)に出会う。光子は園子に相談を持ちかける。それは、自分の縁談を破談にするために、2人が同性愛であるかのごとく振舞ってくれないかと…

谷崎潤一郎によって1928(昭和3)年に発表された問題作。「禁断のエロティシズム」として有名な作品だそうです。過去に増田保造監督が若尾文子と岸田今日子主演で実写化した(1964)のを皮切りに、横山博人監督の樋口可南子と高瀬春奈主演(1983)、リリアナ・カバーニ監督による西ドイツとイタリアの合作(1983)、服部光則監督の坂上香織と真弓倫子主演(1988)と数多く作られています。

さて、この作品の監督はというと、あのカルト作品「恋する幼虫」(2003)を作った井口昇。それを知らずに行ったものだから大変な目に遭いました。ポスターのデザインも、赤と黒を基調に白く浮き上がる妖艶な2人の女性。谷崎作品だから耽美系で妖艶、とすっかり思い込んでいました。

やられた・・・!

上映開始5分後、猛烈にいやな予感が頭の中をめぐり始めました。女優たちの愚にもつかない大根演技、あからさまなほどのオーバーアクションや効果音、なんのひねりもない演出効果皆無の映像、ところどころに挿まれるズレた小ネタ。そのどうしようもない映像にただ、頭の中は「?」でいっぱいになり・・・。

そこで思い至ったのが、ピンク映画。こんなのがあったような気がする。そしてこれはあの衝撃的作品、「恋する幼虫」に似ている!!!あとで資料を確認して「やっぱりね~」という感じでした。しかし、それに至るまでが本当に辛かった。あの超ド級のセンスに笑っていいのか判断できないんですから。

しかし、時間が経つにつれ館内で忍び笑いが聞こえてきます。途中からやってきた若者は早々と声をあげて笑っています。潔いもんだ。登場するとギャグにしかならない荒川良々や、下女の老婆が突然顔を出すシーンでは「ぶはっ」、ほぼ失笑の渦。このチープさは、もう笑うしかない。それにしても秋桜子のトンデモ演技は、必見に値します。

いや確かに、真正面からこの作品を評価しようとすると思わず酷評にむかいます。しかし、逆にこの徹底的なまでのチープさで谷崎潤一郎という文豪の作品を実写化するという行為は、美という夢物語に陶酔する人々を後ろから思い切り突き飛ばすようなものではないでしょうか。実際はこんなものだ、と。
考えてみれば同性愛に止まらない歪んだ愛を繰り広げる作品です。井口監督はきわめて一般的かつ冷笑的な視点で文豪の名(迷?)作を笑い飛ばすことのできた人物かもしれません。

はっきり言いましょう。この作品はヌけない。よほど飢えてない限り(笑)。井口監督は当時何を考えていたのかは知りませんが、この誇張された効果音に彩られた露骨なまでの性描写では、むしろ人間の戯画化された滑稽なさまを笑うしかないんです。ピンクならではの艶っぽさがないとはいいませんが。

「恋する幼虫」にはまった人、荒川良々のファン、普通の映画じゃ物足りない人、そして谷崎作品の愛読者にもこの作品は観てもらいたい。ピンク映画監督が切り取る文豪の名作、失笑の渦に巻きこまれること必至です。すでにDVD化されてますので、自宅鑑賞をお楽しみ下さい。
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by murkhasya-garva | 2006-04-14 01:34 | 映画
たくさんの映画を観ました。観た作品は全部upしたいのですが、それまで僕の根性が続くかどうかも分かりません。出来るだけ短く簡潔に、そして要点は確実に押さえた文章を目指します。特に未見の方が観にいきたくなるような、しかも観た方に自分の考えが明瞭に伝わるような文章を書きたいと思っています。是非ともダルがらずに覗きにいってください。

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「ヘイズ/HAZE-original long version」
「鉄男」「ヴィタール」を手がけ、ほか多数の作品に出演する塚本晋也監督のスリラー。05年8月ロカルノ国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア、各国の映画祭で絶賛。



目を覚ますと、男は肉体の自由を苛むような狭い空間に置かれていた。なす術もなく傷つき、ただ限られた空間を逃げ出そうと試みる彼を待っていたのは悪意に満ちた地獄の数々…

閉所恐怖症でなくとも、この極度に狭い空間は見ているだけで辛いでしょう。男のパニックがひしひしと伝わってきて、何とも恐ろしい。限定された空間での、避けられない肉体の痛みがビリビリ伝わってきます。特に、パイプを噛んだ体勢から逃れようと体をずらすシーンで、歯とパイプが擦れる。軋る。鳥肌ものです。。
体感する地獄、とは本当にこの作品のことを言うんでしょう。

痛みや恐怖といったネガティブな感覚を引き立たせるための配慮が本当に細やかで…。肉体の「痛み」を真正面から撮られるとこんなにも辛いのか、と痛感します。コンクリートの無機的な雰囲気や、荒い息遣い、どこからか鳴り響く轟音。この空間に男の感覚が充満しているような表現です。
そしてこれらを引き立たせるために、設定は本当にシンプル。男や女には名も記憶もなく、この空間が何のために作られたのかも明示されません。

誰の仕業かも目的も分からないと、かえって全体の象徴性に意識がゆきます。どうも理解できないラストからも、恐らくあの空間が彼らの「世界」であり、そこに満ちる悪意はあの閉鎖空間そのものなのでは?と思い至ります。
さらにあの空間が現代社会の表象とも取れます。だとすると、それまでの流れへのイメージがにわかに息づいてきますね。

この作品のタイトルはHAZE=靄(もや)。恐らく、HAZEは空間に漂う彼の意識のことで、また「ヘイズ」=閉図(←お粗末)のようです。また予告編からは頭文字のHが多くの意味を含んでいるそうです。
HOPE(希望)、HOPELESSNESS(絶望)、HONESTY(誠実)、HIPOCRISY(偽善)・・・。さらにはHUMANなんてのも喩えているのでは?

作品のタイトルともなったHAZE(靄)に意識して観てみてください。息が詰まるほどの辛い中に何かが見えるかもしれません。
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by murkhasya-garva | 2006-04-11 17:02 | 映画