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by murkhasya-garva
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2009年 07月 15日 ( 1 )

『サスペリア・テルザ-最後の魔女-』(2007)
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ダリオ・アルジェントの魔女三部作、ついに完結。『インフェルノ』という珍作以来、ゆうに30年近くの時を経て本作は発表された。アルジェント監督、67歳の作品。ワールド・プレミアでは絶賛されたという。






イタリア中部、ヴィテルボの町で発見されたオスカー・デ・ラ・バレーと銘された棺。その遺品入れがローマの美術館に送られてくる。サラ(アーシア・アルジェント)は、ジゼル(コラリーナ・カタルディ・タッソーニ)とともに、その遺品入れを館長のマイケル(アダム・ジェームズ)不在時に開ける。魔女「涙の母」はよみがえった。手始めに惨殺されたのはジゼル。その光景をサラは目の当たりにする・・・。

3部作の最終作というだけあって、アルジェント監督はそれにふさわしいものを作り出してくれたようだ。「ため息の母」の顛末、「三母神」の存在など前2作品で語られたエピソードが再び現れる。3人の散らばった物語を取りまとめるようでもある。それと同時に、魔女の姿に最も肉薄した描写、魔女の再来による影響、魔術などオカルトの領域にある分野の存在をもその語り口に乗せ、濃厚な魔術的世界が描き出されている。

しかし、前2作品に見受けられたような観客をぶん投げるがごときプロットの運び方はそこまで変わっていない。思いだしてみてほしい。たとえば『サスペリア』では、過剰なまでに異様さや恐怖感をあおったあげく、それがなぜ起きたのかはっきり説明されることがなかった。たとえば『インフェルノ』では、・・・もう言うまい。観ていただければ分かるだろうし、前回の感想を繰り返しつづけるのは冗長すぎる。また、大きく変わったのは、回収できないエピソードがかなり少なくなり、安心して観ていられる部分が多くなった点だろう。また、この作品ほどCGなど映像技術の向上に感謝してしまったものも珍しい。

3作品は一貫して、ナレーションがとても少ない。魔女という古典的な存在を扱っているのに、だ。これによって、何をやっているのかが輪をかけて分からなくさせられる。ほとんど純粋な(つまり頭カラッポの)ホラーがいかにもゴシック・ホラーの顔をしてまかり通るということが起きてしまう(どんだけ『インフェルノ』に恨みもってんだか)。もちろん沈黙は金、さらに隠喩的な語りが必然的に増えもする。今回はこの隠喩的が後に行くに従って増えていく。最後の、魔女の対決からラストシーンに至るまで、ここははっきりいって何が起きているんだか分からない。しかし、適当に思いついたまま絵にしただけ、と切り捨てるには強い違和感がある。

たしかに正直ギャグかと思える程の唐突なストーリー展開は数多く、たとえばサラの母親の霊の出現など爆笑ものだ。サラの母親、その魔術師はイルカそっくりなのだ。笑わずにいられるか。「戦うのよ!」ってガッツポーズされた時には履いている靴を投げようかと思ったものだ。しかし、それと並行して語られる錬金術師であるとか、どうも本気くさいところも散見される。これは、何か違う。

それをうまく言い表すことはできない。ただ、アルジェント監督はホラーとして3部作を締めくくろうとしたのと同時に、その物語をある種のリアリティをもって語ろうとしていたのではないだろうか。もちろん一映画好きのたわ言なので気にしないでほしい。前2部作をそれこそアルジェント監督の「たわ言」と切り捨ててもそれはそれなのだけど、一つだけ思いだしたことを添えてこの文章を終えることにしよう。

数年前、有名(だという)占い師のもとにつれて行かれた私は、彼女が「マトリックス・レボリューションズ」が三部作の中で唯一非常に霊性の高い作品だと絶賛していたのを聞いたことがある。このことをどう思う?
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by murkhasya-garva | 2009-07-15 01:03 | 映画