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by murkhasya-garva
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皆月(1999)

調子に乗って連日更新していますが、続くとは到底思えないので気長に見ていってください(笑)

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風采の上がらない40がらみの男、諏訪(奥田瑛二)。のそのそと歩く鈍重な姿。そんな男の元から、妻が逃げた。「みんな月でした。がまんの限界です。さようなら」。義弟・アキラ(北村一輝)のつてでソープ嬢・由美(吉本多香美)と知り合い、同棲する。義弟が身を寄せる組から抜けて、妻と逃げた男を追い、3人は旅に出る。





花村萬月が原作だが、期待していたほどの暴力性は感じなかった。暴力を花村萬月から引いたら旅とセックスが残る。どれも人の奥底に眠る根源的な衝迫に突き動かされるたぐいのものだ。作品自体は、視聴者の持つ視線を変えるというより、じわじわと沁み込んでいくような雰囲気をもつ。むしろロードムービーとしての様相がある。旅の中で少しずつ変わってゆくのは人々の心情である。

たとえば彼の義弟であるアキラは、半端者のわりには妙に諦念を漂わせたように見える。彼が殺人ゆえの逃亡という意味合いも持って旅を続けていることから、彼自身が自分の運命を徐々に受け入れていく過程をとっているようにも感じる。

凡庸だが生真面目な主人公の周りを非日常がまとわりつき、そして各々がまるで浄化されるかのように自分の道を自覚していく様子は、諏訪(奥田瑛二)自身が、ささやかなものではあるが自分の「旅」を通して何らかの変容を体験しているようである。前半でアキラは彼に“兄さんらしくなった”と一言感想を言うが、生真面目だった男が今までとは違う世界に自分なりに正面から向かったとき、化学変化が起こる。彼自身が無力であるからこそ、生真面目さはただ純粋にその眼差しを周囲に感じさせる。では変容していく世界とは何のことを指しているのか。それは彼自身の『道程』―つまり本作をロードムービーと呼ぶ所以―である。

それゆえ、作中のそこらそこらに潜む、端境の本当に何でもないような言葉や感情(それはかなり微妙で、文字通りにすんなりと理解できないものだったりする)さえも含みこみ、しかしそれが同時にかけがえのない瞬間を生み出す。原作の書き文字をそのまま台詞に起こしたであろう堅さの残る言葉も散見されるが、不自然である一方でその「場」を端的に示すものであることが多い。原作がそのまま映像になったかのような作品なのだろう。原作は読んでいないけど。

あと、吉村多香美という女優を知らなかったのだけど、彼女はどこかで見たような顔をしている。これ、というようなインパクトがないのが魅力的で、またソープ嬢としてレオタード?を身につけているのがまたよい。こういうささやかなエロスは好きだ。本編では“普通に寄り添われる性”とも言うべきものが通底していることもあり、彼女は相当に本作にしっくりはまっている。しかしささやかと言っても、自分ではどうしようもないほど人とのつながりを欲していて、その結果セックスがまとわりつくような切実さのことを言うのだけど。「おっさん、私から離れてっちゃやだよう」そんな切実な台詞も主人公にかかれば、淡々と受け止められしまうような雰囲気がなかなかの滋味を出しているように感じる。……しかし由美の年齢の設定は23,4だったか。そんなものなのか?別の世界のことだなあ。こんなに人生煮込んだような眼をした子は周りにいないので、カルチャーショックを受ける。もっとあけすけに言うと、彼女はとても23歳には見えないということ。

知り合いが借りたDVDを観てみたのだが、こういう作品は自分からまず観ないなあ、と思う。他の人間の視点は時に自分自身にとって有益であったりする。
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by murkhasya-garva | 2008-09-12 00:11 | 映画