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by murkhasya-garva
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ピアノの森

「ピアノの森」(2007)
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感想書くのが遅れた…。これ、実は映画情報サイトに投稿しようと思ってたんですが、書くのが遅れたので残念ながら送らず。しかも興行成績がよろしくないという。こんなに面白いのに!!もっと早くにプッシュしたら何とかなったかも…なんて思い上がりです。すいません。



音楽マンガの映像化は、「のだめカンタービレ」のTVドラマ化から再燃した感がある。最近ではさそうあきら原作の「神童」などが公開された。アーティストのドキュメンタリー映画が次々と発表される一方で、クラシック音楽ブームの波に乗って音楽マンガも新たなメディアで評価されるのは、マンガ好きとしてうれしい限りだ。
「ピアノの森」は1998年よりヤングマガジンアッパーズで連載されてきた作品である。天才的なピアノの才能を持つ主人公・一ノ瀬海が、ピアニストの家系に生まれた雨宮修平との出会いを契機に世界に羽ばたいてゆく物語である。本作は独特のコミカルな絵柄と優れた心情描写によって、主人公たちがピアノを通して成長してゆく姿が描かれる。基本的にユニークな作品が揃っていたアッパーズの中で、本作は正統派を行くため逆に異色な作品ではあったが、読者を惹きつけるには十分な要素を備えていた。ぼくは「ピアノの森」の連載以来、当の雑誌は本作のために毎号読んでいたと言っても過言ではなかったのだが、如何せん作者が途中体調を崩したらしく休載、さらにはアッパーズ休刊とトラブルに見舞われ、期待していただけに何とも歯痒い思いをした。しかし2006年12月よりモーニングで連載再開そして今夏の映画化という報せは、それまでの順調とは言いがたかった雰囲気を一掃させるに十分なもので、一ファンとしての感慨もひとしおであった。

さて映画版の本作は、雨宮修平との出会いから、一ノ瀬海がピアニストとしての道を歩み始めるまでの少年時代を描いたものである。祖母を看るために母と共に引っ越してきた修平。彼は森のピアノを巧みに操る天性の才能を持った少年、一ノ瀬海と出会う。ピアニストの家に生まれ、自身もピアニストになることを望まれてきた修平にとって、海の自由で豊かなピアノは衝撃的だった。同時に二人はかつての名ピアニストだった阿字野宗介に出会い、コンクールに向けて研鑽を続けていく。

本作を勧めるにあたって挙げておきたいのが、ストーリー構成だ。海と修平を中心に、学童期のさまざまなステージが丁寧に汲み取られている。修平が転校直後に受ける手痛い洗礼にはじまり、考え方も住む世界もまるで違う海との邂逅、彼の才能への戸惑い、嫉妬、怒り、そして彼との和解。また海においては、師との出会い、自分の能力の開花。実に多くのできごとが、本作では無理なく描かれている。これをなしえたのは、まず原作の巧みなストーリーの運びだと言える。そして映像化に当たり、それらの感覚的な描写を尊重し、忠実な再現を行うことができたのも極めて大きな要因である。また本テーマを、ピアノをめぐる少年たちの成長に絞ったことで、各プロットが非常に明確で洗練されたものとなっている。単行本10巻にわたる海と修平の少年時代を、約2時間という尺にテーマを損なわず見事収めきったという意味では、成功したといっていいだろう。

しかし、いくつかのエピソードの割愛が少なからず瑕疵を生み出したことも指摘しておかねばならない。原作で登場する海の周りの人間たち、たとえばスナックに勤める亜里沙や海の父親と噂されるトラッカーのベンちゃんなどは、確かに少なからずカイにとって重要な役割を担っている。しかし本作はそういった、海の居る環境や出自をめぐるエピソードやキャラクターを潔くカットしている。これが海の存在感を多少薄める原因となった。才能あふれる少年としてのみの海の描写は、観客とにとってより等身大の修平が出会う「他者」=新たな価値観との出会いを強調するためという意味合いが強い。本作の最大の魅力は海のダイナミックな才能の開花する瞬間なのに、修平の視点で描いてしまったことが全体的なアンバランスさを引き起こしている。たしかに2時間という枠の制約ゆえに避けられない結果であるというしかない。しかしこの不均衡ゆえに、何とももやもやした不完全燃焼に陥り、次回作を期待させかねない形ともなっている。海の活躍をもっと見たい、と思う一方でこの微妙な不全感には腹が立つ。

とはいえ、原作の世界観は本当に良く表現されている。なかでもピアノ演奏が、他の音楽映画の中でも群を抜いてすばらしい。ウラディーミル・アシュケナージによるピアノの美しさは言うまでもないが、何より登場人物の心情の反映を見事に担って、多彩な演奏を披露してくれている。修平の実直なモーツァルトKV310、海の奔放なベートーヴェンやメンデルスゾーン、そして初めての練習曲ハノン。多くの作品が、同じ曲を切り貼りしたり最近のアーティストの曲のピアノバージョンを必ず挿入したり、という商業映画ゆえの制約というか弊害を免れ得ない中で、この豪華さはあまりに貴重である。
またそんな耳を楽しませる演奏の中で他の音にも注意を傾けてみると、キャラクターの言葉がしっかりとその空間にあった響きをしている。教室や防音室、そしてホールでの少しずつの異なる音響は、世界観の再現以上にリアリティを感じさせる。それまで絵や演出にしかリアリティ構築の用を見出していなかったが、音響の丁寧な表現もまた観客を一気に作品に引き込む力があるということを実感した。これら細部にいたる精密な音響表現は上質のカタルシスを提供してくれる。演奏などによってありありと伝わってくる登場人物の心情が最高潮に達するとき、ぼくは思わず吐く息を忘れ、胸を熱くした。

おそらく本作も多分にもれず原作との比較が問われることになるだろうが、原作ファンには本作を観ることを強くお勧めしたい。時間的な制約による構成上の問題はたしかにあるが、世界観はほとんど崩れていない。芸能人による声の出演の微妙なこなれなさも、後々大して気にならなくなってくる。それどころか、映画という別の媒体に移すという作業の中で、本作は“音”という核心に映画ならではの臨場感を添えることに成功している。演奏家や演奏曲目という点からはクラシックファンも楽しめる一本ではないだろうか。もし迷うことあれば、ぜひ見に行ってほしい。マンガ「ピアノの森」の世界がここにある。
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by murkhasya-garva | 2007-08-17 12:15 | 映画