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by murkhasya-garva
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300

「300」(2007)
b0068787_1446379.jpg「シン・シティ」(2005)で、独特の色彩を用いてハードボイルドなアメコミの世界を実写化したフランク・ミラーが製作総指揮として、「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004)のザック・スナイダーが監督をここでも執った本作。スパルタの戦士たちが、100万人の軍勢を率いたペルシア帝国の脅威にたった300人で立ち向かったという勇猛果敢な戦いを迫力たっぷりに見せてくれます。

「シン・シティ」のためらいもない暴力描写には、息を呑むような迫力がありました。今回もスゴイものを見せてくれるだろう!!と期待して行ってきたのですが、いやーすごいですね。ザクザクと敵軍を蹴散らしていくその光景は、もうまさにカタルシスです。考えてみれば多勢に無勢、300vs1,000,000ってどう考えても勝ち目はありません。余りにも少人数のスパルタ軍はいつ全滅してもおかしくないわけです。そんな死と隣り合わせのスパルタには、ただただ固唾を呑んで見入ってしまいます。

「残酷な描写が苦手な人には辛いかもしれませんが…」と受付の女の子は忠告してくれましたが、苦手でわざわざ観に来るものかね。最前列で飛び散る血しぶきを見ながら、一人うおお、ぬああと呻いて興奮してました。ヤバイですね。
そんな戦闘場面は本作のメインだといっても過言ではありません。戦闘シーンというのはどうしても長く続くと飽きたり、もとからハイスピードについていけなかったりするものですが、本作はそんな問題点は充分すぎるほどに克服しています。カメラのワンショットをなるべく切らず緩急でメリハリをつけることで、流れが途切れることなく、観客の目がついていけるようにしてあります。また、色調をあえて抑え目に、でも流血は真っ赤すぎるほどにとコントラストがはっきりしているのもミソですね。これによって勝利が決まっていない戦いゆえの緊迫感や戦闘そのものの迫力が、相当高められているのではないかと。

ただ、どうしても気になることが一つ。ラストで眼帯の男・ディリオスが「神秘主義と専制政治を打ち破るために!」と戦いの雄たけびを上げるのですが、あそこでぼくは思わず吹き出してしまいました。ここにきてスローガンが政治的だとは!!

それまで戦士たちは、政治的にどうこう以前に職業戦士という自分自身の名誉を賭け、(もはや勝利すらも目的ではなく)いわば戦闘のための戦闘を行ってきました。生死といった利害さえ超えた彼らは、もはや常人の理解の届かない域にある。だからこそ、強大な力を持った帝国の王までも、その不可解なほどの暴力の恐怖に震え上がったのではないか、そう思うのです。
それなのに、眼帯の男は叫ぶのです。もちろん大勢の兵士を鼓舞する理由として必要なんだけど、実のところ、政治的な理由付けをしなければ、戦闘を必然的なものにすることができなくなっていたという意味で、スパルタ軍は原始的な強さを失ってしまったとしか言いようがない。

でもスパルタ軍の戦力的な成長は、その政治的な側面を抜きにして語ることは不可能です。
限りなく純粋な戦士を育成する一方で、スパルタは、絶対的で、それゆえに腐敗しきった司祭たちと、国の動向を決定する役割をもつ議会に、その自由は制限されています。ストーリーではこの司祭と議会が、あろうことかペルシア軍と手を組み、スパルタ軍の戦争を阻もうとするのです。ここからディリオスのペルシア軍へ向けた最後の叫びは、目先の利害に囚われる議会と司祭たちに対する批判とも理解することができます。つまりレオニダス王率いた軍の伝説を語り継ぐことによってディリオスが再編を果たした軍隊は、そういった政治的なものとの衝突を経て、現実的には明らかに増強されたものとして現れることになったのです。
しかし、もはや伝説となったレオニダスの軍の根源的な強さとは決定的にかけ離れているような気がするんですね。

だから、ディリオスのセリフを聞くと、どうしても違和感を感じてしまうんですよね。なんだかなあ、と。カッコよくないんですよ。戦闘シーンの勢いこそが本作のメインである以上、ラストの締め方は蛇足のニオイを感じずにはいられないのです。
そんなことを言うお前はアナーキストだと言われたらそれまでなんですが。
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by murkhasya-garva | 2007-07-12 14:47 | 映画