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by murkhasya-garva
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パフューム~ある人殺しの物語~

「パフューム~ある人殺しの物語~」(2007)
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パフュームはともかく、何という副タイトルだ。原作そのままです。最近の洋画のタイトルは、昔と比べて直訳、そのまま横文字が多い。本作ではおすぎや假屋崎省吾などの推薦分をノボリに載せるなど、工夫してるようですね。



“におい”―嗅覚は、映像にとって表現しにくいもの。視覚、聴覚はともかく、嗅覚、味覚、触覚の表現は監督の手腕にかかっています。なかでも嗅覚は、映像とはもっともかけ離れた感覚です。その表現方法にアタマをひねるより、省いてしまうほうが楽かもしれません。

数年前に上映されたホラー『蝋人形の館』で、においを表現しようとした部分がありました。―木々が突然、風で揺れる。若者たちはいっせいに顔をしかめる。「何、このにおい?」―たったこれだけのシーンを今でも覚えています。その「においの表現」という違和感は、逆に真実味を感じさせました。

本作では、においの表現方法として“鼻”が重要な役割を果たします。ある人は目をつぶり、口を閉じて、鼻を前に突き出してにおいを嗅ぎ取ろうとします。また、至るところで鼻を鳴らす音が聞こえます。香水をかぐ人は、鼻から訪れたその幸福に恍惚とした表情を浮かべます。では、これがリアリティをもたらすか?残念ながら、リアリティと言う点では不十分だといわざるを得ません。

「蝋人形の館」のワンシーンに劣るとは決して言いませんが、残念ながら映像で嗅覚は完璧に表現などできません。その代わり、本作では音楽、色彩、演技といった嗅覚以外での徹底した表現で、嗅覚で得る感覚を蘇らせます。ラストの群集の演技―グルヌイユの放つ香りに正気を失う人々―これは、群を抜いた迫力、本能レベルで観る者を不思議な世界にいざないます。

ストーリーも「感じる」ことを大切に、寡黙な主人公の常軌を逸した行動をじっくりと捉えています。映像勝負と言う感じです。例えばマーマレード色の髪の娘を間近で秘かに「嗅ぐ」という行為!!これはフェティシズムに通じる姿です。
また、ナレーションも控えめにしていますが、いっそ全くなかったほうがよかった。後半は特に観客が本作に没頭していきます。ごたくなんていらんのです。これは「感じる」映画なのです。

嗅覚というもっとも映像からかけ離れた感覚。これを表現するために、本作は他の感覚を総動員するような表現を実現させました。目で見る悦び、耳にする愉しみ。突き詰めるとそれは本能的欲求へつながってゆきます。身体感覚に肉薄する映像を、じっくりと堪能してみて下さい。
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by murkhasya-garva | 2007-03-25 12:39 | 映画