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by murkhasya-garva
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ストーカー

「ストーカー」(1979)
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<ロシア・ソビエト映画祭 IN OSAKA>を観にいこうと、シネ・ヌーヴォまで行きました。睡眠不足のせいで「ピルクスの審問」をガン寝、「鏡」では夢と現実が程よくミックスというありさま。残るは長丁場の本作だけ。タバコとコーヒーのダブルアタックでがんばった!!(初めからそうしろ)


ある地域で“何か”が起こり、一つの村が崩壊した。送り込んだ軍隊も全滅したその地域を、政府は「ゾーン」と呼び立入禁止とした。しかしその周辺の町には、願いが叶うという「部屋」へ希望者を案内する人々「ストーカー」(密猟者)がいた…

じつは1年前にこの作品を観たことがあったのです。京都みなみ会館にて「タルコフスキー・ナイト」が開催されたのですが、当時は後半で寝てしまいまして。ロシア映画のオールナイトってレベル高すぎです。ほぼ確実に意識を失いますよ。そんな作品にリベンジを誓った1年前。宣言どおり1年後に観ることが叶いました。というか3,4年はたったような気がしてた…。

以前も言ったような気がしますが、映画って設定がシンプルであるほど象徴性を帯びてきます。しかもそれが特殊な設定であればなおさら。監督の社会観や宗教観などを、意図的に描きだしている可能性があります。とはいえ本作は、廃墟の中を3人の男が探検する―いわばそれだけの話。下手すると以前のぼくみたいに「茶番じゃないか」と言い出す奴が出るくらいシンプルです。

しかし、化学工場の廃墟を撮影場所として選んだだけあって、「ゾーン」の神秘的な静けさは良く表されています。「常に変化し続ける罠」であり、そして「人間の精神世界の反映」だと言われる「ゾーン」。でも黙って従っていた「作家」も「教授」も途中から苛立ちを隠せず、「ストーカー」に乗せられているだけじゃないかと反発します。無理もありません。

「ストーカー」の言う「ゾーン」の力―確かに彼の物言いだけではただの妄想としか考えられない。しかし、実際に「作家」は建物の前で声ならぬ警告を聞きます。もし警告が「作家」の妄想だったとしても、“聞こえた”と言う事実が変わるわけではありません。嘘であれ本当であれ、「ゾーン」もしくは「ストーカー」に、二人は何らかの影響を及ぼされているのです。

そして、自分も不幸でろくでなしだと言う「ストーカー」、彼はどうやら利得のために案内しているわけではない。“自分自身は幸せにしてやれないが、人を幸せにはできる”―そんな使命感を持って人を「部屋」に導く姿は宗教的ですらあります。「ゾーン」にただならぬ愛着と畏敬を抱く「ストーカー」、彼はまるで奇蹟を熱望する敬虔なキリスト教者をかたどって描かれたのではないでしょうか。

即物的な時代に現れた、「ゾーン」という神秘的な空間。宗教やそれに伴う信仰のあり方が大きく変容してきた現代に、宗教観―特にキリスト教―を当時主流の学問と対比して問い直した作品です。宗教くささを前面に押し出しているわけではありませんが、何とも不思議な感覚が観る者を包み込むことでしょう。
ラストのシーンは圧巻。言葉少なながら雄弁に物語るものがあります。
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by murkhasya-garva | 2006-11-06 09:50 | 映画