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by murkhasya-garva
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<第五回京都映画祭>寝ずの番

「寝ずの番」(2006)
b0068787_1273595.jpg京都映画祭最終日の上映作品。上映前にはマキノ雅彦監督が舞台挨拶。本作を自分で褒めすぎると聞いてはいたが、確かによう褒める。老いて初めてできた我が子を溺愛するようなもんだと思いますが…。微笑ましいじゃないですか。出来のいい子なんだし、是非多くの人に観てもらいたい。


上方落語界の重鎮・笑満亭橋鶴は臨終の時を迎えようとしていた。彼の最後の望みは“そ○が見たい”というもの。弟子たちは奔走し、何とか希望を叶える。師匠は亡くなり、通夜となるが、一番弟子やおかみさんまでもが亡くなってしまう。

まあ観客の方も良く笑う。あんな良い雰囲気の劇場もそう見たことがありません。若い人も多少は入っていましたが、圧倒的に年輩の方が多い。以前京都シネマで観たとき以上に反応がよかったですね。あまりに笑うので話のオチが聞こえないくらいです。

これが本当の艶(通夜)話というんでしょうか…。のっけから下ネタ、不謹慎ネタが連発し、間違ってもテレビでは放送できないような内容となっています。しかし、これが全く下品さを感じさせない。大人たちがさらりと話す艶話は、その巧みな話芸と切り取られた絶妙の間、そしてあけっぴろげな明るさによって、見事に笑いに華を咲かせます。

本作は、遺族たちが寝ずの番で過ごす一晩を描きだすもの。数々のエピソードを織り込み、長いはずの時間があっという間に過ぎていきます。カンカン踊りに艶歌合戦、ホトケさんが夢枕ならぬ現世に現れ、しゃべって踊り…。はたから見ればたいそう不幸な話なのに、落語家の習性がすべて笑いに変えてしまう。

胸にこごった悲しみが一気に笑いに変わるとき、いわゆる感情の爆発からある種のカタルシスへと転じ、人々を泣き笑いの境地に立たせます。カンカン踊りなんてまさにそう。初めこそ死人の踊りにぎょっとしますが、「師匠の最後の高座」と、行う踊りは感動的ですらあります。途中でヴィヴァルディの「四季」が挿入され、死も悲しみも共に“在る”ような華やかな宴が訪れるのです。

粋と洒脱で笑いを引き出す落語家たちの寝ずの番、俳優の方がまた上手い。中井喜一に岸辺一徳、木下ほうかに木村佳乃。一人ひとりが各エピソードで互いに劣らぬキャラを発揮し、巧みに場を引っ張ります。笹野高史もここぞとばかりに場を盛り上げ、若き日の原形をとどめない(笑)長門裕之も味のある老年俳優として好演しています。

マキノ映画史100周年作品。これだけは見ておきたい作品。
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by murkhasya-garva | 2006-11-04 12:08 | 映画