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by murkhasya-garva
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<第五回京都映画祭>オーロラ姫

「オーロラ姫」(2005)
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第五回京都映画祭、日本未公開の作品。本作を製作したパン・ウンジン監督は韓国で新人賞を受賞。また、彼女は上映に際して来日、舞台挨拶をしてくれました。もっさいオッサンを想像していたが、キュートな女性が舞台に。女優さんでもあるとか。笑顔が素敵でした。




子供を虐待する母親、ブティックの店員、その愛人…次々と凄惨な殺人事件が発生する。一見何の接点もない被害者たちのそばには、「オーロラ姫」のステッカーが必ず残されていた。犯人であるスンジョンは、一体何の理由があって彼らを殺していくのか…。

こちらは韓国に咲いた花、オム・ジョンファの作品。彼女は韓国のマドンナと呼ばれ、カリスマ的な人気歌手でもあるそうです。控えめにしていても、コケティッシュな魅力がにじみ出る容姿が魅力的です。そんな彼女が演じるのは連続殺人犯。

スンジョンのなかなか動機の見えない殺人。そこには必然性も感じられません。偶然に出会った(ように見える)人々を次々に手をかけていく彼女の姿は、へたをすると単なる精神異常者の仕業にしか見えない。さらには全体的な緊迫感も薄く、およそ分かりきった結末に作品全体の「薄さ」を心配もしてしまいます。

しかし、主人公の視点から本作を見たとき、彼女の必然的な「何か」は感じます。彼女を駆り立てる「何か」。それはラストで全て明らかになるのだけど、彼女のたどる運命は、しかしまるで報道番組で追跡するかのような妙なリアルさと、あの「感じられる」けれど「見えない」という一定の距離感をもって描き出されます。第三者の“無責任な好奇心”、そして“どうでもよさ”と言い換えてもいいでしょう。
ひどい言い方をすると、この「見えなさ」は、監督のえがいた想像の範囲を超えていないからなのですが…。

ゆるやかなテンションのまま続くラストシーン。ここで観客は本作の深奥に触れることになります。彼女の執拗で徹底的な復讐―「私だったらこうする」という監督の想像が鮮やかに伝わってくる瞬間でもあります。想像が現実になったとき、いかに恐ろしいものになるのか。女性、そして母親が抱くイメージの肥大はとどまるところを知りません。

また、ストーリーの構成もとてもユニークです。殺人シーンの素晴らしいリアルさだけで引っ張る前半、後半の怒涛の種明かしのラッシュ。従来の作品のストーリー展開にこだわらず、独自の方法によって観客を惹きつける…「バランスが悪い」と言えばそうなのですが、監督のこの絶妙なバランス感覚は、観客に「面白い」と言わせるだけの力を確かに備えているのです。

「恨」流、復讐三部作の流れを汲む新世代の作品。一見の価値はあります…が、日本公開の予定はまだなし。
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by murkhasya-garva | 2006-11-04 02:14 | 映画