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by murkhasya-garva
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四月

「四月」(1962)
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オタール・イオセリアーニ監督など、グルジアの作品群が同志社の寒梅館で上映されています。次回は10月24日、「蝶採り」「群盗、第七章」が上映予定。以前は東一条チャオ!シネマで海外の作品をたくさん上映していたのですが・・・。本作品は意外にも2回目の鑑賞。

※そろそろ新作を観にいく時間が取りにくくなりました。ペースは確実に落ちますが、逆に自分が観たい作品に集中することになると思います。気長にお付き合い下さい。

3年ほど前、京都は日本イタリア会館の東一条チャオ!シネマが閉館となりました。昔の有名な海外作品を上映してくれていて、当時は「アギーレ 神の怒り」や「裁かるるジャンヌ」、チェコアニメなど、エキゾチックな香りに触れるきっかけを与えてくれたものです。映画館が潰れるたびに思います。もっと映画を見とけばよかった、と…。

この作品も、その中の1本でした。実は上映が始まるまで、観たことすら覚えていなかった。古い住宅、家具を持ち出す黒ずくめの男達、白い服の恋人たち…この世の春を肌身で感じるような、無邪気な歓びを感じる映像は、記憶のどこかに引っかかっていたようです。

台詞は一切なく、代わりに当てられる軽やかな物音と音楽が印象的です。古きよき住宅で、老人たちがめいめいに楽器を奏でる。日差しは優しく老人と楽器を包み、人々が「今在ること」の歓びをかみしめるような情景で溢れます。2人の恋人は、何も言わずとも心通わす仲。町中を無邪気に駆け巡ります。

そしてどこからともなく湧いて出る黒い服の男たち。めいめいに家具を持ち、コトコトコト…とせわしなく足音を響かせる様子が、不思議であると同時にほほえましさを感じさせます。こんな光景を「啓蟄」と呼ぶのでしょう。しかしそれは、新住宅が建つと決まったため。近代化と物欲の波に押され、人々は我先にと走っているのです。

2人の恋人も例外ではありません。「愛さえあれば何でもできる」と言わんばかりの熱々ぶり。でも二人の部屋を見た黒服の小男は、ご親切にも一脚のイスを貸し与えます。二人の部屋は、そのイスがきっかけで次第に物で埋まっていきます。と同時にお互いの気持ちはすれ違っていき…

結局、誰が悪いというわけでもありません。イスを与えた男も、時代の波に呑み込まれた一人に過ぎないのです。いずれにせよ、人は安住の場をどこかに見出すものなのでしょう。古き良き日に戻ることを選択した人々の生き生きとした仕草と表情、そして恋人たちが幸せに映ります。

言葉を介さず、音と映像だけで全てを語りつくしたこの作品は、心地よさ―まさに「感覚レベル」での余韻を残してくれます。確かにちゃんと落ちがあって、寓話的な要素も含んでいる。昔ならではのナイーブさも匂いますが、それ以上に観る者に訴えるところが大きいからこそ、名作は名作たりえるのです。
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by murkhasya-garva | 2006-10-18 11:38 | 映画