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by murkhasya-garva
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全身と小指

「全身と小指」(2005)
b0068787_22364980.jpgとうとうこのジャンルに手をかけ始めたか…というのが第一印象。しかし、近親相姦ものも、ここまでキッツイのは中々例がないだろう。最近は「くりいむレモン」、今後は「僕は妹に恋をする」で注目のジャンルではありますが… 「奇妙なサーカス」以来の衝撃。
シネ・ヌーヴォXで9月22日に鑑賞。


兄妹である純(池内博之)と久美(福田明子)は、ある冬、肉体関係を持った。それから7年、純はその過去を封印するかのように、記憶喪失を装って生活していた。しかし妹の久美は純への想いを捨てきれぬまま、結婚を間近に控えていた・・・

近親姦という、いびつで、きわめて美しい幻想。
社会の隙間を夜行魚のように浮遊し、遠くからお互いを想い合う2人。周囲の人々も、兄妹のタブーを覆い隠すかのように、どこか病んでいる人たちばかりです。兄の純も記憶喪失を装っているとはいえ、突然起こす奇妙な行動は‘病んでいる’という印象以上に、どこか幻想を生きているようにも感じられます。
と同時に、恵俊彰が演じる武田のようにステレオタイプな人物設定や、過去(=幻想)と現実の区別がつきにくいシーンなどは、さらにフィクションの匂いを濃厚に感じさせます。

倫理的なタブーである近親姦を扱う以上、「これは現実ではない」ということを示す必要があるのか、作品全体にいまひとつ明確な現実味がないのです。「ありえない」というより、「少なくとも普通ではない」という感じです。ここにリアル(常識)とフィクション(タブー)を際どいポイントで分けた、監督のシビアさを見るべきなのでしょうか。

その一方で、片岡礼子や赤堀雅秋をはじめとした脇役の演技は、作品の世界観をしっかりと支えています。リョウ(赤堀)は久美にふさわしい(?) 男として、見ていて怖くなるほどの社会不適合者ぶりを見せてくれます。姉の美由紀(片岡)はただ一人「普通の人」なのですが、繰り返される兄妹の喘ぎ声に、常識を壊されたのでしょうか。「本気なら、間違ってもいいんだよ」という純への言葉が、まともに聞こえません。諦めと混乱、いずれからなのか・・・

また美由紀のアドバイスやリョウの断罪は、判断する側/される側という優劣の構図を作り、兄妹の愛の異常さを、浮き彫りにもしてしまいます。一気に加熱した2人の問題。そこからはさらに、「恋愛」そのもののカタチがあぶりだされるのです。まばゆい光と純の絶叫と共に浮き上がる、奇跡的に美しい純粋な愛の核・・・
ラストは恐ろしく、そしてたまらなく切ないものとなっています。

「女は全身で恋をする。男は小指で恋をする。
 だから、私は生まれ変わり、あなたはいつまでも小指が痛い」

何という美しい言葉か。シューマンの「子供の情景」と同じく、劇中で不似合いなほどにはまります。

観終わった後に、じわじわと衝撃の第二波がやってきます。興味本位で観にいったぼくも、あまりにショックが大きかったのか、丸一日頭の中を映像が駆け巡っていました。
必見、と言うしかありません。
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by murkhasya-garva | 2006-09-24 22:38 | 映画