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by murkhasya-garva
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ヨコハマメリー

「ヨコハマメリー」(2005)
b0068787_16535223.jpg1995年、1人の老娼婦が横浜から姿を消した・・・。30余年、横浜は伊勢佐木町で街娼を続けてきた彼女は、「メリーさん」と呼ばれていた。本作は、彼女の足あとを追い、彼女が一体誰だったのかを知ると共に、かつての横浜の姿を再び描き出そうとしたドキュメンタリーである。
京都みなみ会館にて、8月7日まで上映。


この作品に、一体どんな観客層が集まるのか。まず考えられるのは、かつての横浜を知る世代の人々(予想通り、高年齢層が大半)。そして、ぼくのように好奇心をそそられてやってくる変人。ポスターの古めかしいデザインを東京で目にして以来、是非とも見たい、できれば京都でも上映してくれないかと願っていたわけです。京都みなみ会館ありがとう。

ハマのメリーさん、彼女の存在は多くの噂と共に語られ、一種の虚像的存在として知られていたようです。しかし一方で、「彼女を見たことがある」という人は意外に多い。みなみ会館に行った時に、実際に見たという人がいたのには少し驚きました。この、「誰もが知っていて、しかし誰も知らない」という彼女は、時代が下がるにつれて、半ば都市伝説のように見られていたのではないでしょうか。

彼女が一体誰だったのか、それを知るために監督は伊勢佐木町をめぐり、インタビューを重ねます。積み重ねられた人々の言葉からは、当時の彼女の姿が、それと同時にかつてのヨコハマの姿が紡ぎだされてゆきます。実際のメリーさんに取材するわけではないのに、スクリーンから感じられる生々しさは何なのだろう・・・。

舞踏家の大野慶人氏は、メリーさんを「きんきらさん」と呼びます。
「きんきらに輝いているのね、きんきらさんでしたよ」。汗を流し、目を輝かせて当時を語る氏の口ぶりからは、まるでメリーさんがそこにいるかのような錯覚を催させます。
そう、インタビューを受ける人々が当時のヨコハマの空気に直に触れてきた者であるからこそ、彼らの語りは単なる昔話と違い、生き生きとして、いまだ熱を帯びているのです。

シャンソン歌手である永登元次郎氏は、メリーさんと深い親交のあった人物として紹介されます。彼女と同じ境遇を、若いときに辿ってきた者。余命わずかな氏の歌声が深く胸に沁みます。特に、後半で歌われる「Soleado」は、氏の声もさながら、その歌詞の内容に涙が堪えられません。切々と歌い上げる氏の深く繊細な想いが伝わってくるようなのです。

戦後日本を、その目を引く姿で立ち続けたハマのメリー。
時代の華やぎと哀しみを象徴するような存在。
その彼女がいなくなってから、ヨコハマは段々と変わりつつあるそうです。時代は彼女を置いて過ぎ去っていく。永登元次郎氏の死や、当時の建物の消失によって、当時の記憶は忘却の彼方に追いやられる・・・そんな時に作られたこの「ヨコハマメリー」は、当時を偲ばせる秀作であると同時に、時代を共有した人々の「つながり」を感じさせる心温まるヒューマンドラマでもあります。

最近映画を見てウルウルしすぎです。今回は本泣きしそうでした。
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by murkhasya-garva | 2006-08-05 16:58 | 映画