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by murkhasya-garva
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隠された記憶

最終的には、映画の魅力とは、断片的な映像の刺激から得られるのではない。

「隠された記憶」(2005)
b0068787_1254319.jpg京都シネマで上映最終日に観たのですが、睡眠不足で意識が飛び飛びになるという最悪のパターンにハマってしまいました。
そこで痛感。どんなに素晴らしい作品であれ、一連の流れで観ないと面白みが半減、いや半分以上損なわれてしまう。たとえ内容の意味がわかったとしても。


実際に、作品の内容は一応分かったのだけど、どこに面白みを感じていいのか分からないまま、突然終わりを告げられたわけです。

特にこの作品は独特の表現がなされます。BGMを流さず、人々が激しいアクションをするわけでもなく。さらに、何でもなさそうな光景をじっと、何分間も映し続けるのです。もうそれだけで意識が飛ぶ。(情けない・・・)
しかし、よく見ると、その何でもないシーンには数々のメタファー(隠喩)が潜んでいることに気付きます。一見必然的ではない、他愛のない会話や出来事は、この作品の骨組みの必要な部分となっています。監督の緻密な戦略によって築きあげられた世界観は、知らず知らずに観る人の意識に忍び込み、その異形を実感させるのではないでしょうか。

問題としているのが「差別意識」だ、と言い切れないところにこの作品の深刻さがあります。たった数本のビデオテープと葉書で混乱を極めるジョルジュの家族。そこには、差別をする側が抱く実体のない恐怖=やましさ、富裕層という地位の救いがたい不安定さ、などなど、現代の世界が陥っている病理を描き出しているのです。そこで、すぐに思い出すのはやはり9.11事件。あの時アメリカが抱いただろう感覚や、諸国間との関係は作中に示されているようでもあります。

「実体のない恐怖」は、全編を通して感じる不気味さにつながる最も大きな感覚です。誰だか分からない眼に「見られて」いること、直接の目的は表されないが、その視線には確実に悪意がこもっていることを感じます。その視線で見ているはずの私たちは、見る者の意図を汲みきれず、逆に恐怖を感じるのかもしれません。
その一方で、視線の先に映るのは、取り乱すジョルジュたちの姿。彼らの醜態を暴くのは、悪意の持ち主であると共に、監督の視線でもあります。平気で嘘をつき、感情的になる彼らの姿を徹底的に映し出すハネケ監督の視線は、富裕層に対するアイロニカルなものを含んでいます。

「見事な、恐ろしく知的な監督による驚異的な映画」。この作品の持つメッセージは重層的に、観る者を挑発してきます。だからこそ、集中していなければ、監督の意図を汲み取ることは難しくなるでしょう。「意識は飛んだけど言っていることは大体分かった」…それは大きな落とし穴かもしれません。
思った以上にこれは恐い作品です。
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by murkhasya-garva | 2006-07-17 01:30 | 映画