休止中。


by murkhasya-garva
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好きだ、

「好きだ、」(2005)
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滋賀会館シネマホールにて鑑賞。関西圏では5月14日が最終日だったので慌てて近鉄東西線に乗り、観にいきました。ジャージにビーサンで鑑賞、とうとうやってしまった。少しは服装に気を使うのが最後の砦だったのですが、これから本当に適当になりそうです。やばい。


17歳。互いに抱いていた想いは伝えられることなく、二人は会わなくなった。そして34歳。偶然にも再会を果たした二人は、何かを確認しあうように過去を紡ぎ合わせる。あの頃の想いは、今も続いているだろうか…

互いに想いを伝えられない二人を温かい視線で見つめ、大半を占める沈黙や静寂で、彼らのもどかしくもある非常に細やかな感情表現を生々しく浮き彫りにします。特に宮﨑あおいの表情がたまらない。言葉にならない感情がちょっとした顔の動きで豊かに伝わってきます。これこそ宮﨑あおいです。「害虫」や「ラブドガン」で見た彼女の魅力が発揮されています。

作品自体の雰囲気が非常に特徴的です。大方の映画の登場人物は、作中で他のキャラに愛されるか、でなければ観客に愛されるような存在として造形される場合が多いはずです。しかし、主要キャラであるユウとヨースケはさして作中において存在感が大きいわけでもなく、ただ単に脚光を浴びた普通の人物のように思われるのです。この際立たなさ、一般の映画の中では異様さすら感じます。

34歳のヨースケは「音楽という器の、一番はじで何とか食いつないでいた」と自分のことを表現します。
人々の中に確実にユウとヨースケは存在しているのに、この世の中に2人だけ忘れられた、そんな隔絶感が強く息づいているのです。しかし、2人の間でいつまでも鮮やかに残る相手への想い。ごく普通の、ちっぽけな人間の持つ鮮やかな恋心はとても現実味を帯びていて、ひしひしと観る者に伝わってきます。

また、17歳のユウと34歳のヨースケにはいくつかの符合があります。例えば、2人がキスをしたときの、互いの気持ちのすれ違いを引きずっているし、入院する人間は、各エピソードの主人公の相手が気にしている人だったりします。このような小さい、しかし重要な符合がいくつも重なってストーリーの重層性を持たせるのです。まるでそれは2人の気持ちが奥底でつながっていることを象徴しているようでもあります。

この作品で外せないのは、頻繁に写される青空。登場人物の心情を象徴すると共に、作品自体の透明感を引き立たせるアイテムとなっています。黙って見つめられる空には、なぜか「哀しさ」が伴います。ガス・ヴァン・サントの「エレファント」で映される空によく似ています。沈黙。そしてかすかに息の詰まる緊張感。

ごく普通のちっぽけな、しかし互いに強く惹かれあう2人の人間の心情を、言葉と音楽を極力排除することによって、非常に繊細な部分まで描ききった作品です。ここまで徹底した表現をする監督もなかなか見当たりません。もう上映時期は過ぎてしまいましたが、一応観ておきたい一品です。
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by murkhasya-garva | 2006-05-19 20:28 | 映画