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by murkhasya-garva
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博士の愛した数式

「博士の愛した数式」
b0068787_20561749.jpg原作は小川洋子の小説。もうすぐ春が訪れる時期にぴったりの心温まる作品でした。出演は寺尾聰、深津絵里、浅丘ルリコ、吉岡秀隆など。
ルートの母(深津)は、新しい家政婦として呼ばれてきた。義姉は、離れに住む義弟(寺尾)の世話をしてやって欲しいという。彼は若い頃の事故で記憶が80分しかもたないのだ・・・

久しぶりに深津絵里が出演している作品を観た。以前観たのは「阿修羅のごとく」。四姉妹の一人として出演していましたが、今回は母親役です。まだそんな年でもないだろうと思っていましたが、なかなかこれがあっている。若い母というイメージが適役。何より彼女の魅力である健康的な笑顔が、キャラ作りに一役買っているようでもあります。

寺尾聰はここ最近映画によく出演しています。「半落ち」、「イージスの盾」と特別に目を引くわけでもないけど、無理のなさというか、安定感のある演技が印象に残ります。今回は記憶障害を抱えた博士。不変の存在としての役柄なのですが、話の展開ごとに映る彼の様子は微妙に異なっているのが興味深いです。

今回は小説の映画化として、成功した例ではないでしょうか。もっとも、原作を読んでいないのであれこれ突っ込めるわけではないんですが。重要なシーンがはっきりしていて、何を言いたいのかが比較的分かりやすいように思います。

まず、「博士の記憶は80分しかもたない」という設定を中心に、人々の心情が展開されます。
そこで主となる義姉と母の姿は対照的です。時の止まった博士に抵抗し、しかし昔と変わりない愛に囚われる義姉。そして変わらない博士を信じ、自分の中に新たな愛をはぐくむ母。この違いは、キーワードとなる台詞が効果的におかれることで明らかになります。
さらに、映像にすることで対照性は際立ちます。浅丘ルリコでは若い頃の写真まで使って年老いたことを強調しているのに、深津絵里は(多分ですが・・)息子のルート(吉岡秀隆)が成長しても若いままなんです。

では、この対照性の出所というのが、“数”に当たるようなのです。数は博士が追求し続けたものであるため、博士の性質を表すアイテムともなっています。(先に挙げた設定も、博士が数学者であることと密接に関わるようです)実際に、義姉は博士(=数)を理解するため正確さ、厳格さと理解し、その姿勢を貫いてきました。一方で母は、数に「愛」を見出すようになりました。それは博士のいう「友愛数」「親和数」、根号(ルート)の説明が、人間に喩えて行われることからも分かると思います。
2人が知った数の性質は異なるものでしたが、しかしそのどちらもが正しいのです。ただ、どちらがより「人間的」かという点で、ルートの母の方が分かっていたんでしょう。

こう見ると、本作が相当に細かい設定を持っていたのが分かります。博士にしても、バックグラウンドや性格、性質は、すべて“数”の性質から着実に連想してきたのでしょう。一般の数学者に付きまといがちなキャラクターとはまた違うわけです。何より人間味溢れる人物であったのがとても好ましい。

もちろんこれはフィクションであり、その有り得なさはまさに「現代のおとぎ話」です。それでも観る側がつよい親近感を持つことができるのは、現実的な描写や全体に流れる温かい空気、そして出演した俳優の方々の持つ、程よいバランスのとれた人間臭さのおかげではないでしょうか。

無理なく観ることのできる、心温まる作品です。あれこれ細かく考えずともその雰囲気に入り込むことが出来るでしょう。
(というかこの映画を観て謎解きをしようということ自体、野暮ったい←おれのことだ)
「良い」映画を観たいならコレです。
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by murkhasya-garva | 2006-03-16 21:13 | 映画