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by murkhasya-garva
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クラッシュ

「クラッシュ」
b0068787_16192051.jpg今回は前情報ゼロで観ました。やっぱり新鮮な感じがします。先入観なし、というのは何ともなしにワクワクさせられる。自分が見たままに印象、感想、解釈が形作られる。そんな魅力的なチャンスを得られたことにまず勝手にプラス1点。


この作品に関して言えばポスターを見ても何のことだか分からない。暗闇に点在するおぼろげな光。何かをかたどる影。経験的にも、こういうデザインだと暗い感じの調子が多い。陰惨な内容の気が重くなるようなホラーや、悲劇を焦点にしたヒューマンドラマなどが考えられる。
今回は後者。人種差別が根強く残るL.A.で、互いに猜疑心や反発を抱いてしか関われない人々をどんな結末が待っているのだろうか。

この作品では、登場するすべての人間が主人公である。些細な偏見、憎しみに心を痛める人々の街を主軸に描き出すのには、複数の登場人物が必要なのだろう。この人間模様を描いた風景画のような作品は、群像劇と呼ばれていたような気がする。群像劇は、人々の運命が並行して進行するだけでなく、互いに交錯してゆくという特徴がある。それによって作品全体に通底する大きなテーマが案外はっきりと見えてくることだろう。

また、人々の関係にも注目したい。細やかに入り組んだ人間関係の対照的な構成が、現実の皮肉や悲喜劇をさらに印象付ける。
差別主義者の警官が黒人を助け、正義感あふれる新人警官が黒人を撃つ。彼らの意識と現実が真逆であったという皮肉。また、2人の架け橋になるはずの守護聖人像が拳銃と誤解され、その一方で雑貨店の店主が仇の娘に天使を見たという対照性など、どれも見過ごすことが出来ないエピソードばかりである。

本編に見られる対照性は他にも数多くある。そのどれもが差別の街に住む人々の浅はかな思い込みを嗤うかのように現れるのだが、それは観る者に砂を噛むようなやるせなさを残してゆく。この奇妙な対照性、符合を神の視点から観る私たちは、「神の思いは計り知れず」という感慨と共に、運命に翻弄される人間という存在の無力さを痛感しないだろうか。

黒人同士で織り成される人間関係も特筆すべきものである。行方不明だった息子が死体となって帰ってきたとき母親は、犯人ではなく刑事を殺人者だと言う。警察の責任問題に帰するのは簡単だが、人種問題のエピソードが続く後では、母親の台詞に潜む深い苦しみが感じられるだろう。つまり、名もなき黒人市民を救済する措置を設けず、差別主義者を容認する警察という組織に加担している以上、黒人の母親にとっては黒人刑事も差別主義者と同列であり、彼女の苦しみの共感者にはなり得ないのだ。

ただ、ユニヴァーサルスタジオの作品であるからか本作も多分に漏れず、ハッピーエンドが設けられる。悩める者は救われ、ささやかな幸福や希望を得て明日へ向かう姿を映し出すことで、登場人物にも、そして観る者にも救いが与えられる。
この作品のタイトルを思い出して欲しい。オープニングで、刑事が「人間に触れ合うことのない街で、人々は互いにぶつかりたがっている」と呟く。つまり、「クラッシュ」とは人々の争いではなく触れ合いのことなのだ。諍いながらも人々がそこに「生きる」意味を見出すのなら、それは人々にとって無機質な社会と比べるべくもない。監督の人生観が精緻に描写された作品だといえる。

キャストにはドン・チードル、サンドラ・ブロックなどが出演。ドン・チードルの憂いの張り付いた表情が印象的である。また音楽も、独唱の悲哀に満ちたメロディがやるせなさを掻き立てる。
エンターテインメントというより社会派傾向の強い作品であるため、万人が喜ぶ作品ではないと思うが、ぜひ観てもらいたい作品である。何らかの問題意識を自分の中に抱かせることができたら、十分にこの作品を観た価値があるというものだ。
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by murkhasya-garva | 2006-03-06 16:23 | 映画