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by murkhasya-garva
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僕のスウィング

「僕のスウィング」
b0068787_16352266.jpg1月28日オールナイトの2本目。ジプシー音楽、ロマ文化が個人レベルで異文化に出会います。
トニー・ガトリフ監督はこの作品の他にも「愛より強い旅」「ガッジョ・ディーロ」などがありますね。彼らの音楽や環境を鮮やかに描き出すことで、失われゆくロマ文化に対し警鐘を鳴らします。

マックスは酒場で聴いたマヌーシュ・スウィングに憧れ、ギターを求めてスウィングのもとにやってきた。スウィングの父であるミラルドの元でギターを学び、その間をスウィングたちと過ごしながら、マックスはロマ文化に出会い、彼らを深く知ってゆく…

ぼく自身ロマ民族について語られた作品をそこまで多く目にしたわけではありません。しかし現代社会に浮遊する刹那的なそれとは違い、彼らの抱いている感覚が「生」そのものに脈々と根付いているのを必ず感じるのです。それは恐らく彼らしか感得できないもの。有り体に言えば、「哀しみ」なのか。

彼らの「哀しみ」は異文化を越えて共感されえるものではない。
たとえ、マックスのようにロマ民族に深く関わろうとする者がいたとしても。

オスカー・コップ演じるマックスは少々過保護な家族で育った少年。夏休みの間行ったストラスブールでのギターとの出会いは彼にとって衝撃的だったのでしょう。極端な話、初めて殻を破った雛が親を知るようなものかもしれません。
また、彼がロマ文化に興味を持ったのは同世代の少女、スウィングのお陰だともいえるでしょう。恋が何かのきっかけになるという好パターンです。

ルー・レッシュが演じるスウィングは黒く長い髪、大きく深い色を宿した瞳、屈託のない笑顔がとても魅力的です。マックスと対照的な存在でもあります。
ラストのシーンでは、マックスが素直に感情を表して涙を流しているのに対し、スウィングの表情はあくまで変わりません。ただ、彼女の黒い瞳の色が悲しみを呑み込むかのように深さをより増してゆくのがとても印象的です。
スウィングがマックスの渡した日記を置き去りにするのも注目しておきたいところです。彼女が文盲だから読みようがない、ということが結局2人の間の埋めがたい溝を示してはいないでしょうか。

分かり合えた、と思ってもそれは表層的なものに過ぎない。どれだけマックスがロマ民族を知ったところで、異文化圏の人間である彼の涙は、過去を無言で積み重ねてきたロマの人々の哀しみと同じになることは出来ないのです。それが伝わるラストはとても切なく、胸に迫ります。

また、音楽を愛する者たちの姿がとても美しい。体全体、いや、それ以上のもので音楽を体現するような感じ。ミラルドは「音楽を身に付けるのは、譜面からではない。心と耳からだ」という表現をしています。音楽が生活そのものの彼らの演奏は、彼らの積年の思いを表すものであり、それゆえ思わず踊りだすような力も持つものなのです。

ロマ民族について「物語」として十分に楽しめる作品だと思います。内容の受け取り方や感動の程度は人それぞれでしょうが、一見の価値はある作品です。
次は、じかにロマの土着社会と関わる青年の話。
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by murkhasya-garva | 2006-02-24 16:41 | 映画