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by murkhasya-garva
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哀愁

「哀愁」(1940)
b0068787_183649.jpgOS名画座で鑑賞。
この当時の女優さんもまたきれい。オードリー・ヘップバーンといい、カトリーヌ・ドヌーヴといい清楚な感じがとても印象的です。
それとどうでもいいんだが、日本語タイトルを黒に赤で抜くのはどうかと思う。しかも明朝体で。何の引用だか知らないが、少し下品じゃないか?



一目で恋に落ちたモイラ(ヴィヴィアン・リー)とロイ(ロバート・テイラー)は、次の日には結婚を決める。しかし戦局が変化し、ロイは結婚の手続きを済ますことなく出征してしまった。ロイを待つモイラのもとに伝わってきたのは彼の戦死の報せであった…

今まで観てきた戦争を背景とした映画には、「シェルブールの雨傘」と「慕情」が記憶に新しいですね。「慕情」はいまだ感想が手付かずで何ともアレですが…。
最近の映画は戦争が絡むと、必ずといっていいほど何らかの思想性を帯びてくるもんです。しかし今挙げたような作品は、戦争という背景を前提にして、そこで生まれる悲恋に焦点を当てるのです。思想性を介入させていない、と。誰かがこれらの作品を「戦争を主軸としたエンターテインメント」という風に言っていたような気がしますが、昨今の喧しさを考えればこれらは立派なエンターテインメントなんでしょうね。

とはいえ悲恋でもエンターテインメント、というのは腑に落ちませんが、内容は素晴らしく良く出来た作品でした。泣きかけました。だから名画なんだろうけど。ロイとモイラの恋、モイラの解雇、ロイの出征、それからの2人の避けられないすれ違い。必然的で、突っ込みようがありません。分かっていて決して実らない恋というのは、見ていて切ないものです。

ロイが出征から帰ってきてからのモイラの妙な態度も、本当に気を揉ませてくれます。一体彼女は何を隠しているのか、ずっと気になりながらも成り行きを見守るしかない。もしかして、もしかして…と思っていながら実際に分かってしまったときの哀しさ。

また、すごいと思ったのが、ラストでモイラが身を投げるシーン。軍用車のエンジン音の音量を上げつつ、軍用車とモイラを交互に映していくのです。モイラの顔には車のライトがだんだんと濃くなり…。観る者の不安を掻き立ててくれます。とても効果的な演出がニクイ。

そもそも戦争という大問題を前に呑気な映画を作るとは…!と野暮を言う方もいないと思いますが、これらの映画のテーマには多少の違いが当然あるようです。「哀愁」に限っては、戦争についての言及が少しあったよう気がします。つまり、戦争が悲恋を引き起こす、というわけなんですが、ラストのシーンは非常に示唆的です。

モイラが軍用車に身を投げたのは何故なんでしょうか。それはロイへの断ち切れない想いかもしれません。それとも一度身を落とした自分を罰するため?または覚束ない頭で、自分の仕事に戻ろうとしたのかもしれない。いずれにせよ救いようのない哀しさがそこにはあるのですが。

深読みをして、ロイとモイラの間には戦争という大きな存在が影を落としていたのだ、なんて言ってみましょうか。モイラを強く想っていたロイも、結局は身を沈めた彼女を止めることは出来なかった。つまり戦争の加担者に過ぎなかった、と。モイラが身を投じたのは帰還した軍人相手の娼婦。彼女は軍人、ひいては戦争という事象に身を捧げるモノとなってしまったのです。

そこにはロイの罪深さがもろに表れます。娼婦、ひいてはダンサーという身分の忌避という一面もありますが、彼女の戦争の副産物とも言える側面を肯定しているようなものです。戦争のために辛い人生を送ることになった人間を黙認しています。ロイの戦争礼賛者とも取られる行動は、この時代の深刻さを表しているようでもあります。
まったく彼はノスタルジーに浸っている場合じゃないですね。

「幸福のお守り」とモイラがロイに渡しているのはどうやらビリケンさんのようです。ビリケンさんって一体何なんでしょう。これが大阪で上映した理由の一つっぽいですが。
名作は機会を作ってでも観るべきだと思います。やっぱり新作だけでは見つからない新しい発見がありますよ。
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by murkhasya-garva | 2006-02-17 18:38 | 映画