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by murkhasya-garva
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天空の草原のナンサ

「天空の草原のナンサ」
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モンゴルの草原で生活するバットチュルーン一家の生活を映した作品。ある日、ナンサは背にブチのある犬を洞窟で見つける。オオカミを警戒する父親に反対されながらも、ナンサは内緒でその犬を飼うことにした…



なんと子供たちの愛くるしいことか。小学生になったばっかりのナンサはあどけない表情がとてもかわいらしい。妹や弟も小さく、無邪気で本当にかわいい。子供らしさが思わず笑みを誘う。つぶらな瞳、赤い頬、たどたどしい手つき、天真爛漫な笑顔。温かさを感じる可愛さである。「ハチミツとクローバー」で花本先生がはぐちゃんを思い出してしまうのが分かる気がする。

限りなく素の生活を撮ることに成功した、ということだろうか。この作品で登場する家族の姿がとても自然なものに見える。「子供たちとは遊ぶような感覚で撮った」と監督は言う。子供たちの言動が巧まれたものでないことが、観客を何とも心地よくさせる要素の一つなのだろう、と思う。

末の弟が母親と草原に出て、注がれたミルクを飲ませてもらう。そのときの楽しそうな顔と言ったらない。母親に返杯(?)するのにも驚いたが、幼い子が温かい家庭で何にも囚われることなく生きる姿が我々にも幸福を呼ぶように思えてくるから不思議だ。

ここには、我々「現代人」が失った生活が映されている。「ALWAYS 三丁目の夕日」を観ると古き良き時代を懐かしむことはできるが、「天空の草原のナンサ」では、人々の生活をより原点に立ち返って描き出しているように思う。日本には、もはやこの作品のような風景はない。我々は昔を「再現」するしかないのだ。仕方のないことだが、作られた風景よりも手の加えられない風景のほうが魅力的に見えてしまう。
この作品に匹敵するほどのものは、それこそドキュメンタリーでしかないのかもしれない。

監督は、伝統文化と現代文化の関わりについて危機感を抱いている。それが、バイクや町から買ってきたプラスティックの手桶、ピンクの犬のおもちゃといったアイテムで端的に理解することが出来るだろう。
これらは自分たちの生活を便利にしてくれる。しかし「便利」になることは、それまでの旧い方法を捨てることでもあるのだ。伝統文化が失われゆくことに危機感を抱く感覚は全うなものだと思う。

だがぼくには、新しいものに憧れ、それを取り入れようとする彼らの姿が好ましくもあった。「三丁目の夕日」でテレビや冷蔵庫を購入した家族のように映ったのだ。「豊か」になる幸せをかみしめる。ピンクの犬を家族みんな笑顔で囲む光景はとても素朴で、温かい。
現代文化を取り入れるごとに伝統文化以上のものを人々は失ってゆくことだろう。現代文化との接点で見せるその一瞬の幸福な光景を評価することは無責任な行為かもしれないが、昔への憧憬ともいえるものを我々が見過ごすことができるはずもない。

話を戻そう。遊牧民である彼らの生活に注目したい。子供たちがのびのびとしているのは、両親にほとんど行動を制約されないからだろう。初めての牛の糞拾いをナンサは1人で行き、「パパに教えてもらった」と遠くまで馬に乗って羊追いをこなす。末の弟が1人で羊の番をするのを見ても、親はとがめない。今の子供たちには見られないたくましさがあるように感じた。

ものの考え方もとてものびのびとしていて、無邪気。雲がキリンに見えたと妹が言ったことでさえも、ナンサには昨日教えてもらった前世のはなしと繋がって驚くくらいに大事なことなのだ。また、それを十分に伝えてくれるのが字幕だ。字幕担当の方のおかげで言葉遣いに細やかな気配りが届いており、ナンサたちの心情がよく伝わり、彼女たちが本当にかわいらしく思える。

音楽は作中でそこまで多く使われない。悠久の大地の美しさを描くのに音楽を多用する必要はないのだろう。夜遅くまで起きて朝イチに行ったのがいけなかったのか、静かなシーンでうとうとしてしまった。本当に残念。仕方ないので大阪に行った際に2回目を観た、という…。
ともかく、民族音楽を中心にすえたBGMや、母親や祖母の歌う音楽はモンゴルの風土ならではの雰囲気をかもし出していると思う。

何より子供たちがかわいい。ポップな「ヘイフラワーとキルトシュー」とは違った子供たちのかわいらしさが見られることだと思う。全年齢対応の、心温まるドキュメンタリー風作品です。
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by murkhasya-garva | 2006-02-16 18:27 | 映画