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by murkhasya-garva
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ヒトラー 最期の12日間

「ヒトラー 最期の12日間」  *オフィシャルブログ
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敗戦直前のヒトラーを描いた作品。今まで表舞台ではナチスドイツの傲然たる独裁者として描写されていたが、本作品では1人の人間としての脆さを抱えた姿が描かれる。
ヒトラー役はブルーノ・ガンツ。



そこまで残虐なシーンがあるわけでもない。しかし、観客に何かしら大きなショックを与えるのはなぜだろうか。ドイツが陥落するのは火を見るより明らかなのに、かたくなに徹底抗戦を主張するヒトラー。自分の戦略、指導力、カリスマ性は未だに衰えていないものと信じて。
地下の要塞で顔を真っ赤にし、部下を前に「私は総統だぞ!!」と声を限りに怒鳴る姿が哀しい。

敗色濃厚なのを肌に感じながらも、秘書であるトラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)の周りの者は、なぜか現実に目を向けようとしない。日がな酒に溺れる兵士。パーティーに興ずる同僚の秘書。死の直前に結婚式を行うヒトラー。この先確実に悲劇が起こる、皆そう分っていたからこそ、その不安、恐怖、絶望に耐えられなかったのだろう。
現に同僚の秘書は、不自然なほどにはしゃいでいたし、パーティーの最中に爆弾が放り込まれたときの人々は、現実の悪夢から必死に逃げようとする憐れな姿となる。

この作品の特色は何といっても、これが実話だということ。そこにはストーリーの選択肢など存在しない。「あの時こうだったら・・・」という発想はいとも簡単に崩れ去るのである。
それは、フィルムが突きつける「必然性」が、観客がすでに"ヒトラーの最期"という事実を知っている、ということに根拠を持つからである。また、映画で切り取られた12日間は、実際にほぼ確実に起こらざるを得ない状況にまで追い詰められていたからでもあろう。

むろん、ヒトラーの所業を1人の追い詰められた人間の行為だといって肯定するわけではない。彼の最期の日々のカリスマ性、もとい狂気のため共に死をたどった者もいるし、何人もの人々が生きるにせよ死ぬにせよ犠牲となった。淡々と描き出しているからこそ、悲劇は人々の心に深く何かを突き刺していく。

家族を犠牲にしろ、と言われた将校は泣きながらヒトラーの意に従う。隣で見ていた雲水らしき人は嗚咽を漏らしていた。
あの狂信的なナチだったゲッベルスも、粛々とヒトラーに従うのにどうしても人間臭さが拭いきれないところ、その妻が自分の6人の子を次々と殺していくところ、見ていて息が詰まりそうになる。

確かに155分は長い。観たのが午前中だったので例のごとく寝そうになったが、あの作品で寝るのはどうかな、と。後半は特に凄惨を極める。悲劇をたどるしかない人々の姿を、しっかりと見て欲しい。そして、最期に老いたトラウドゥル・ユンゲ本人が言う言葉に耳を傾けて欲しい。
「若いことは理由にはならない。しっかりと目を見開いていれば・・・」
彼女の言葉は、打ちのめされる私に強烈な止めを刺していった。
観るべき。少しでも気を引かれたらぜひ観れ。
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by murkhasya-garva | 2005-09-21 01:35 | 映画